相生

ラキオスは当初の作戦通りに街道沿いから順に悠人達、中央に光陰と今日子を擁し、それぞれを"遊撃的な囮"として据え、
その実最大の攻略拠点である例の破壊されたままの壁の入り口へと向かう最左翼に大量編成部隊を集結させるという変則的な鶴翼の陣を採っている。
各方面で、激戦が展開されていた。それも、当初の予定よりも強靭な敵の抵抗の前に。
先日の戦闘とは比較にならないほど強力な戦闘力を持った帝国秘蔵の部隊――妖精部隊――は狡猾な本能で攻め立ててくる。
「今日子、行ったぞ!」
「判ってる……ハァァッ!」
「く、こいつら何で……何を狙ってやがる?」
すぐ横を駆け抜けようとしたブルースピリットを間に挟んだ大木ごとゲイルで吹き飛ばし、光陰は呟く。
"彼女達"は先程から、ラキオス側が展開した「戦線」の隙間を全力で突破しようと波状に襲い掛かってきている。
人間の規格で創られた戦術とはいえ、確かに後方に回られ、挟撃されれば厄介なのは間違いが無い。
しかし正面戦力を失えば、そもそも壁の防御力自体が失われてしまう。攪乱や包囲殲滅を求めるのならば、他にもっと確実な方法が幾らでもある筈。
「なんだ……何か他に、目的でもあるっていうのか……よっ!」
黄緑色に展開した魔法陣からマナを収束し、また突破を試みようとした上空のブラックスピリットを打ち落とす。
ばさばさと細かい枝を突き破りながら落下してくる少女は、失われた両脚から間歇的に血を噴き出させつつ、尚も睨んでくる。
その濁った何も映さない瞳にぞっと寒気を感じながら、光陰は強化したシールドを傘のように翳す。
すると盾に弾かれ、地面に転がり、泥だらけになった少女はそこでようやく息絶え、金色の光が淡く輝き出す。
「……悪いな。こっちも必死なんだ」
雨に阻害される視界を払うように、腕(かいな)で額を拭う。雨に冷や汗が混じっている事を、光陰は自覚している。
くだらないな、と口の中だけで呟く。ニムントールに語った偽善的理想論は、戦場では一切通用しない。

「……あん? この気配」
「光陰っ!」
「っっ?!」
「やらせない!」」
後方からの微弱な気配に気を取られた一瞬に、踊りかかってきたブルースピリットの影。
それをすんでの所で貫いたのは今日子が放った一条の光線、ライトニングブラスト。
無茶をしたのか、駆け寄ってくる彼女はライトアーマー越しの肩に薄っすらと切り傷を負ってしまっている。
「……さんきゅ、お陰で助かったぜ」
光陰は咄嗟にオーラの一部を癒しの力に換え、その傷を塞ごうと手を翳す。
「ま~た何か余計な事考えて油断してたんでしょう、アンタのことだから……イタッ」
「今日子、感じないか? この神剣……『静寂』か」
「ああ、うん。でもさ、あたしたちはここを動かない。動いちゃだめ。そうでしょ?」
こつんと光陰の額を軽く叩きながら、微笑んでくる。光陰は一瞬目をぱちくりとしばたかせ、遅れてにやっと笑い返した。
叩かれた時に微かに震えていた指先を握り返してやりたかったが、今はぐっと堪えることにする。
「……ああ、そうだな。俺達は、決めたんだっけか。悠人達を信じるってさ」
「そういうこと。……来たわよっ!」
飛び出す今日子の服は既に泥に塗れ、翻るスカートの裾も所々切り裂かれている。
攻撃を担当する彼女にとって、何故か防衛に回っているこの状況は相当に辛い。
しかも相手は身を武器にして立ち向かってくる。これではエトランジェといえども、無傷では済まない。肉体的にも、精神的にも。
「ま、今更だけどな……俺は、今日子を護るっ!」
改めてこの世界での最優先事項を確認し、周囲の木を全て圧し折る勢いでトラスケードを発動させる。
ぶん、と両刃の『因果』を頭上に振りかざした時には、光陰の体は大きく前方に向けて跳躍していた。