壁を目前にして行なわれている戦闘は、双方死力を尽くしてのぶつかり合いになり、様々な戦局で一進一退の攻防が繰り広げられている。
ラキオス側は複雑な森の地形の中で互いの連携を絶やさぬように一本の横線を形作り、それを保ちつつ進撃を行う。
大きく翼を広げたようなその陣形は上空から見ればとても縦深とは言えないが、元々スピリット同士の戦い方に戦術はさほど重要ではない。
個々の力量や性質が異なりすぎて、人間の兵士のように単一な訓練により精製された"駒"としての機能性を複合する面に長けてはいないのがその理由。
むしろ密集して戦うのは同士討ちの危険があり愚かともいえる。爆発的な戦闘力が一つの戦略に則って動くのが、戦術といえばそう言えなくも無い。
一方法皇の壁という防御陣から出撃したサーギオスの野戦部隊は紡錘形の編成で挑む。
しかし彼女達にしてもそれは戦術ではなく、ただ神剣の叫びに従って我先にと殺到しているだけ。
壁を守るといった戦略的目的ですら、少女達の脳裏には刻まれていない。ただ、奪えばいい。マナの溢れる命だけを。
それがスピリット――――妖精部隊が自我と引き換えに手に入れた力と、純粋すぎる神剣の衝動。
「くっくっく……いよいよ、ですねぇ」
森中に放たれ、そして消えていく煌びやかな気配に、一人の男が満足気に嘲う。
ラキオス軍はかなりの距離まで迫って来ているのか、時折足元を震わせる地響きや一拍遅れて届く雨を吹き払うような突風が近い。
歪に砕かれ、その表面に苔のようなものがびっしりと生い茂っている穴を潜り抜ける。ぬかるんだ地面がばしゃりと乱暴に跳ねた。
ここが弱点だと、あの勇者殿もそろそろ気が付いている頃だろう。その為にわざわざここの警戒を手薄にさせていたのだから。
「これが見たかったのですよ、私は。私の"作品"が、その馬鹿馬鹿しい"素質"などというものに決して見劣りするものではないと」
目を細めても視認出来ない命のやり取りを、濁った瞳で感じ取る。
今は、洗い流すようなこの雨ですらも異様な昂ぶりを感じさせてくれていた。
木の葉を叩くのは、天の悲鳴。地面を穿つのは、人の憎悪。憎悪が悪などと、誰が決めた。反吐が出そうな理想論。
「人と同じ感情を持つ贅沢などは必要ない。妖精は妖精らしく、戦いに美しい彩を添えていればそれでいいのですよ」
彼は、杖を"ついて"はいない。もう、そんな擬態は必要ない。傍らに控える少女へと、曇った眼鏡を外しながら振り向く。
「さて、それでは我々も参りましょうか。あまり宴に遅れては、甚だしく礼を失するというものですからねぇ」
「……ハイ」
声を掛けられた少女が、初めて顔を上げる。濡れた瞳は泣いているような凄惨な艶を感じさせ、男の昂ぶりを促し続けている。