相生

Delphinium chinensis Ⅶ

部屋を飛び出したシアーは『孤独』の分厚い刀身に、必死で呼びかけていた。
「もういない……お願い、『静寂』はどこ?」
良く知っている筈のネリーの気配が今はどこにも感じない。ただ屋根を激しく叩く雨音だけが聞こえるだけ。
転がるようにして外に出ると、向かい風に煽られた大粒の雨粒が容赦なく額へと当たってくる。
反射的に手を翳し、目を細めた。すると燻る景色の中で一瞬だけ翻り、吸い込まれるように消えていく白い翼。
「―――― ネリー!!」
シアーは叫び、ウイングハイロゥを広げる。細かい水滴が翼の粒子に触れ、チチ、と小さく音を立てている。

まるで敏捷な獣のように森の梢を跳ね渡るネリーの動きは不規則ではあるが、ある方角へと一定に突き進んでいる。
ともすれば見失ってしまいそうな背中を必死で追いかけながら、シアーは向かう先が戦場であることを、何となく予測していた。
当然敵とも接触するだろうが、こうなってはもう回避する手段も思い浮かばない。じりじりと恐怖心だけが頭をもたげてくる。
「強く……心を、強くするんだ」
濡れた梢に取られそうになった肢に力を込める。幹に添えた手を勢い良く伸ばし、反動で加速のついた全身をぐん、と前方へと伸ばす。
追いかけていた背中が、少しだけ近づいた。ふいに、木々の隙間に垣間見える地面から見上げてくる瞳と偶然視線がぶつかる。
「……なにやってんの?」
「ネリーが大変なのっ!!」
「はぁ?」
説明をして助力を頼みたかったが、残念ながら時間が無い。追いかける青い髪は今にも見失いそうに小さくなっていた。
シアーは呆れているような表情のニムントールの相手は諦め、そのまま足場の梢から強く弾む。
風の流れが急激になり、たちまち流線型になっていく視界の中で混ざり合う景色。
身体の奥からともすれば溢れてくる震えを、奥歯を噛み締める事でぐっとこらえる。
「大丈夫……大丈夫だから。『孤独』、お願い」
少しづつ、手探りで神剣の意志に踏み込む。これまでは怯え、恐れ躊躇っていた領域にまで。
刀身が青く眩しく光り、応える。『孤独』の放つ光は後方に流れていく景色まで煌々と照らすような輝きを示していた。
冷たい雫が礫のように顔に当たり、痛む。シアーはようやく、今は雨が降っているのだと思い出していた。