相生

Nerium indicum Mill Ⅶ

忙しげに飛び去っていくシアーのウイングハイロゥを見送りながら、咄嗟に反応が出来ない。
「……なにあれ」
仲間を(主にファーレーンを)街の入り口まで見送るつもりで付いていったニムントールは途中で"風邪を引くといけないでしょう?"と
当のファーレーンにそれとなく諭され、渋々引き返してくる途中だったので、元々やや不機嫌だった。
振り続ける雨にずぶ濡れになってしまった戦闘服や髪が重たいのも、行きは気にもならなかったが帰り道で独りになってみると鬱陶しさしか感じない。
その上、半ば無視されるような格好でシアーにまで放置され、ニムントールの不満は更に上乗せされてしまっている。
「勝手にすれば。ニムには関係ないし」
口を尖らせ拗ねてみても、周囲には誰もいない。ぱっとしない壊れかけた建物の中でさえ、息遣い一つしない街。
小さな瓦礫の欠片を蹴飛ばしてしまい、その反動で僅かに歩様が乱れ、それを理由にして立ち止まる。
暫くの間響き続けるのは、ただ雨を弾く泥のぱしゃぱしゃという無粋な音。他の音は全てが打ち消されていて聞こえない。
前髪から伝い、顎を通り越した水の流れが襟元から鎖骨の辺りまでに垂れてきては柔肌を侵し、体温を下げていく。
寒かった。灰色の景色が。そこに独りで立ち止まっている自分が。誰もいないというこの状況が。しかし、もっとも嫌だったもの。それは。

 たまには振り返ってみるのも一興だとは思わないか?……――――

「……『曙光』」
呟きに応えるように、槍の穂先が淡い緑色に変化する。ニムントールは踵を返し、駆け出した。森の奥に察知した『静寂』の意識を追って。
そこは既に戦場と化しているという事態や、更にはファーレーンの言いつけなども、今は思考の範疇からすっかり抜け落ちてしまっている。
「はぁ、まったく、めんどくさい、んだから」
思わず漏らした呟きが息切れてしまうほど全力で駆けている自分に、ニムントールは気が付かないふりをしている。