擂り鉢状に抉れた地面の一番底の部分にオルファリルはしゃがみこみ、エヒグゥを相手にしていた。
融解したのか所々ガラス状になっていて滑りやすい地面にしがみつく様に震えている、ずぶ濡れの白い動物に話しかけている。
仲間が出撃した後、何となく街中をぶらぶらと歩いていたら見つけてしまった。彼女の場合、退屈凌ぎに、雨は障害とはならない。
「ねーねー、元気だった?」
実際には似ているだけの全くの別エヒグゥなのだが、オルファリルにしてみればそんな事はどうでもいい。
どうやってこのケムセラウトまで辿り着いたのかは判らないが、自分に会いに来てくれたのだと本気で思い込んでいる。
しかしエヒグゥにしてみれば迷い込んでしまった殺風景な土地で雨に会うという生存本能が訴える所の最悪の状況で、
新鮮な草葉を捜す為や個体の保全に必要充分なだけの安息が得られるテリトリーを探す為に必死だった。
しきりに首を動かしてはどうやら敵対する意志の無さそうな目の前の赤いマナに満ち溢れた生物の動きを時々チェックする。
ところがその少女が突然立ち上がり、激しい動きを見せたので、エヒグゥは縮こまり、警戒の態勢を取った。耳がぴん、と立っている。
「え、なに……『理念』……敵、ううん、違う……でも」
オルファリルは逃げもしないエヒグゥをちらっと一瞥し、そして駆け出す。
「……ごめんね」
今ここで放置すれば、この弱々しいエヒグゥはもしかしたら死んでしまうかもしれない。
しかし、自分は"いっこしか救えない"。そして、"命もいっこしかない"。
ヨーティアの言葉が脳裏に浮かび、消える。選択肢が、あった。オルファリルは迷わずに選んだ。
街の城壁を抜けた所に適当に開けた入り口を見つけ、鬱蒼とした森の中に飛び込む。向かう先は、『理念』が教えてくれている。