相生

突如現れた一人の少女の迫撃の前に、セリア達本隊の衝力は完全に失われていた。
中央に戦力が集まる妖精部隊を大きく迂回しながら辿り着いた、緩やかな起伏に壁を望む地点で、たった一人に翻弄される。
ポニーテールを靡かせたグリーンスピリットはファーレーンの速度を凌いで星火燎原の太刀を逸わし、
振り切った『月光』に自らの剣を滑らせて手元から伸び、仰け反ったファーレーンの兜を弾き飛ばした。
ファイアエンチャントを纏う『赤光』で放ったヒミカのトリプルスィングは虚しく地面を抉り焼き払い、
次の瞬間には猛烈な蹴りが長身をくの字に折り曲げる程の衝撃を与え、爪先に穿たれた腹部から鮮血が滲む。
したたかに大木へと身を打ち据えられたヒミカは辛うじて立ち上がりはしたものの膝が震えて思うように動けない。
機敏な動きで皆をサポートしていたハリオンは同じグリーンスピリットに速さで勝負を挑まれ、それでも暫くは良く防いでいたが、
細身の剣が繰り出す斬撃は徐々にその盾を削り、遂には全身に生傷を負わせ、『大樹』で支えていた膝をつかせた。
更に飛躍した高速詠唱による攻撃魔法は一度対戦した勘だけでセリアが一度は防いだものの、偶然が二度続くとは限らない。
我慢比べのような持久戦が続く。しかもその少女のハイロゥだけが、時間と共に輝きを帯びていく。
「……あの娘、ですよね?」
荒くなった呼吸を整えながら、ファーレーンが呟く。
遭遇した妖精部隊の力量については、セリアから詳しく聞き知っている。
しかし再び鞘に収めた『月光』、その位は第6位。それが完全に力負けしているとなれば、情報は完全に食い違ってしまっている。
敵の能力は他を隔絶しており、所有している神剣は恐らくエトランジェクラスではないか。
「ええ。でも、神剣の形状が違う」
隣でぐっと身を沈め、『熱病』の剣先をやや上げたセリアが信じられない、といった表情で唇を噛み締める。
容姿までもを見間違える筈は無い。確かに、数日前まではほぼ互角だった。それなのに、今では全く太刀打ち出来ていない。

「……こんな話、聞いたこともない」
「ええ……ですが、事実です」
二人は、微妙な勾配でせり上がった丘の上で雨に負けない緑雷を纏う少女を見据える。
周囲の樹木の幹が撓む程の威圧感。それは物理的な迫力を持って、巨大なマナのシールドを形作りつつある。
ぶわっと大きく広がった境界線上の小石が圧力差に耐え切れず浮かび上がり、降り注ぐ雨粒は沸騰する事も叶わず昇華して空に還る。
「神剣ヨ、力ヲ解放セヨ、スベテノマナヲ力ニ変エテ……」
少女はだらりと下げていた細身の刀の切っ先をすっと持ち上げ、再び感情の乏しい詠唱を始める。
「……チイッ!」
「セリアっ!?」
同時に、セリアは殆ど反射的に起伏の頂上目指し弾けた。

詠唱に伴うマナの収束が速すぎる。もう、悠長に抗神剣魔法を駆使している暇も無い。
これだけ繰り返されれば嫌でも覚えるグリーンスピリット最大にして唯一の技――エレメンタルブラスト。
刻まれた記憶が、身体を条件反射で突出させる。
「神剣よ、我が求めに答えよ、与えられし苦痛を、与えし者に返せっ!」
一拍遅れ、ファーレーンもウイングハイロゥを羽ばたかせ、跳ねる。
間に合わないまでも、一寸の隙を生じせさめようと放つ、アイアンメイデン。
黒く渦を巻くマナはファーレーンの掌から放たれてすぐに消滅し、次の瞬間にはグリーンスピリットの足元に出現し、下から襲い掛かる。
「……なっ!?」
少女の姿が歪んだ、と思ったときには、ファーレーンの身体は仰向けになり、宙を舞っていた。恐るべき瞬発力に、全くついていけない。
敏捷な小動物のように跳ねた少女の蹴りが打ち付けた脇腹に激痛が襲ったのは、弾むように転がり落ちた地面の泥が頬にべったりと付いた後。
見上げると、丁度掌底による当身を受けたセリアの身体がくの字に折れ曲がり、口元からは霧のような赤が吐きだされている所だった。
鮮血は狂ったような急激さで弧を描き、そのままグリーンスピリットの神剣へと吸い込まれていき、新たな緑雷の為の供物となる。

「眩ク貫ク衝撃トナレ……」
詠唱は既に終えられようとしていた。
降り注ぐ雨の中、煙ぶる大地には裂けるような震動が走り、濃密な空気が引き裂かれるような鈍い響きが伝わる。
ヒミカもハリオンも、まだ動けない。ファーレーンは、目を瞑った。これから起こる事態に対し、覚悟を決める為に。

 ――――ウオォォォォ――――…………

喩えるならば、龍の咆哮。
「……え?」
大地を震わし轟く唸りのような地響きは背後から訪れ、気配を悟ったファーレーンは不思議そうに顔を上げる。
仰ぎ見ると、グリーンスピリットの詠唱も中断させられていた。震動が伝わってくる方角を見定め、そちらに剣を構え直している。
警戒しているのか、全身の神経をそちらに集中させて動かない。丁度ファーレーン達が倒れているその後方を凝視している。
「――――ッッ、まさかっ?」
ファーレーンは、愕然とした。恐る恐る振り返る。
無数の樹が生え折り重なっている視界の中で急速に近づいてくるそれは、最も恐れていた予感。
「ネリー!?」
叫んだのは、セリアだった。