相生

常に不確定要素の絡み合う戦場は、それゆえ次第に錯綜の色を濃くしてゆく。
膠着したまま噛み合った二つの勢力は丁度のこぎりの歯のような戦線を形作り、
各々が押されたり押し返したりを繰り返す度に森全体が咀嚼にも似た蠢動で混乱を飲み込んでいく。

ナナルゥとクォーリンは光陰達とセリア達の間で連絡役を兼ねた小隊として、すり鉢状になった地形の坂を上りつつ侵攻している。
左手と後方に高い崖がせり出し、視界を遮っていた。初めての戦場なので、クォーリンは頭の中でざっと地形を把握しようと試みる。
法皇の壁が正面にあり、左手から後方、そこからL字型に折れ曲がっている部分までが崖を形成し、高地部分は緩やかに勾配しつつ街道へと続く。
生い茂った草木が邪魔だが、大雑把に捉えると影響がある程の間違いはなさそうだった。後ろから付いて来ているナナルゥがぼそっと呟く。
「右……散開」
同時にクォーリンは大きく跳躍し、同じタイミングで飛び出してきたブルースピリットの鼻先に向けて両手で構えた神剣を薙ぐ。
マナを纏ったそれは鎌のような形状にふさわしく、クォーリンを軸に1/4πほどの中心角を描き、加速の加わった遠心力が周囲の草木ごと文字通り刈り落とす。
同時にブルースピリットの突き出した剣先がライトアーマーの肩口を抉っていったが特に問題は無い程度の擦過傷。
少なくとも両脚を足首から失ってしまった敵よりは軽症である。クォーリンは追撃せずに、さっと軽快に身を翻す。
するとそのタイミングを見計らっていたかのようなナナルゥのファイアーボールが飛来し、ブルースピリットはアイスバニッシャーも使えずに消滅してしまう。
「……ふう」
先ほどから、同じような連携による戦いが続いている。ナナルゥが探知し、クォーリンが迎撃し、折をみてナナルゥが止めを刺す。
そのコンビネーション自体に、クォーリンはなんら問題を感じてはいない。
ただ、お互いこれが殆ど初顔合わせで、打ち合わせもしていないのにここまでスムーズに運ぶことが、最初は不思議だった。
しかしやがてこれが彼女のスタンスなのだと理解してからは、実に快い安定感を背中に感じる。それは例えばエトランジェ・コウインに非常に近い。

「左上空……退避」
「……は?」
突飛ともとれるナナルゥの発言。振り返ると、彼女は黙ってせり上がった木々を見上げている。
そしてつられてその視線の先を追いかけたクォーリンは、そこで一瞬動けなくなった。

  ――――オオオォオォォォッッ!
  ――――ガアァァアァァァッッ!

ばきばきと枝を折る激しい音に混じり、聞こえてくる獣のような叫び声。
それは次第に近づき、すぐにどんっと巨大な炸裂音を響かせて崖付近の地面に衝突していた。
無数に飛来する砂礫からナナルゥを庇うように、シールドハイロゥを展開させる。大地の祈りほどではないが、それで突風も防げる。
神剣を前に翳しながら、その向こうに見る。落下した瞬間に、それぞれ反対側に飛んだ二つの黒い塊を。
斜面にへばりつくように屈みこんでいるのはグリーンスピリット。全身傷だらけになりながら、細身の剣を構えている。
そしてもう一人、枝に片腕でぶらさがっている人物。髪を留めてはいなかったが、こちらには確かに見覚えがある。振り乱した前髪から覗くその顔は。

「先制攻撃……行きます」
「ッッ待ってっ!!」
猛烈な殺気に反応したナナルゥが、イグニッションを放とうと『消沈』を構えている。
神剣の意志に殆ど飲まれていて気がついていないのか、スフィアハイロゥは既に収束し、周囲の光景が歪む程の密度になっていた。
慌てて制止しなければ、そのままこの辺一帯と共に彼女達はマナに還元されていただろう。
「あれは、ネリーよ!」
「……ネリー?」
ナナルゥには、"それ"が彼女の知る仲間だとは認識できない。姿形ではなく、存在が放つ気配というものがまるで違う。
それは、どちらかといえば抑制の出来ないマナ暴走寸前のエーテル変換施設に非常に酷似している代物。
濁った瞳に映し出されているのはただ神剣の意志。それはネリーと呼べるものなのだろうかとナナルゥは思索する。
「……」
ふと、反対側から、今度は認識できる気配が迫ってきた。ナナルゥは無造作に振り向く。
白銀の塊は一瞬で彼女を飛び越え、二人の"未確認情報"の間へと割って入り、ウイングハイロゥを更に広げると、神剣を両手に持って構え直した。
「ん……遅れて、すまない」
ラキオスの青い牙――――アセリアの持つ『存在』の剣先は、敵のグリーンスピリットでは無く、
むしろ味方である筈のネリーに向けられており、それがナナルゥの微かな混乱に拍車をかける事となる。