相生

Lemma Ⅶ

「グルルルル……」
「よしよし。おいで、ネリー」
"ラキオスの青い牙"が噛み付きそうな表情で睨むブルースピリットに対し、
まるでエヒグゥを躾けようとでもしているかのように穏やかな声色で語りかけている。

「……」
その背中はいかにも無防備に見え、少女は戸惑った。戦場で、敵に背を向ける。
スピリット同士の戦いにとって、それがどれだけ不利益なことか。いくら記憶を検索しても、そのような"戦法"は無い。
神剣を、ぐっと握り締めてみる。あのブルースピリットによりかなりの肉体的損傷を負わされてはいたが、まだ充分に戦える。
口の中に違和感を感じ、べっと黒く湿った土の塊を吐き出すと、そこに混じっている赤いものがべしゃり、と地面に吸い込まれた。
足元に小さなシールドハイロゥを展開させ、その反動を利用して飛び出す。それでも白銀のウイングハイロゥは微動だにしない。
倒せば、莫大なマナが摂取出来るであろう。その予感に、少女は舌なめずりをする。
「させないっ!!」
「!」
脇から弾けるように突っ込んできたグリーンスピリットが、長身を生かした間合いの長さから大鎌のような神剣を振るって迫る。
大気ごと切り裂くようなその斬撃を身体全体を折り畳むようにして避わし、そのまま空中でくるっと回転した。
そして回避運動を即座に変換。
風に靡く臙脂色のマント、鎌に嵌め込まれた緑色の結晶、そして流れる軌跡の上で舞う緑のマナを流し見つつ腕を捻る。
とん、と乗せた刃の鋭利な先端で削り取られるように掌が裂けたが戦闘には支障が無い。
接触点から片手で間合いを詰め、左手に持つ神剣で顔面を水平に薙ぐ。長物は、内に潜り込まれれば弱い。

「マナよ、燃えさかる炎となれ、雷の力を借りて突き進め――――」
「ッッ!」
今度は、赤のマナの気配。少女は、再び軌道修正を行なう。飛来するポイントから離脱しなければ、流石に生命を落としかねない。
「ライトニングファイアッ!!」
「ハァッッ!!」
剣先にシールドハイロゥを集中させ、空中で灼熱の槍を受け止める。
このレッドスピリットの神剣魔法は非常に強力だが、単発な上単一方向にのみ指向されるマナの流れな為、予測すれば受ける事も可能。
そのまま威力に逆らわず、森の奥へと運ばれていく。追撃はない。だが万が一に備え、神剣魔法の詠唱に精神を集中させる。
左手に見える崖が緩やかな勾配に変わった頃、ようやく少女は余韻の様な熱を全て神剣に吸収し、ぺろっとその刀身を舐めつつ着地した。
「フ、フフフ……」
大量のマナは逃したが、敵後方に出ることは出来た。そしてこの一帯には、待ち望んだ微弱な気配があちらこちらに点在している。
さて、どれから。狩場として降り立った地面は燻ぶり、火傷で爛れた踵からは骨が見え始めている。それでも、少女は笑う。