相生

Anthurium scherzerianum Ⅸ

濡れた雑草を掻き分けつつ先を進んだオルファリルは、切り立った崖の傍で敵を防いでいるナナルゥと遭遇している。
壁を背にしている姿を見つけ、何故敵の施設を守るように戦っているのかと疑問に思いながらも即座に『理念』を振るう。
「ナナルゥお姉ちゃん?! マナよ、神剣の主として命ずる その姿を火球に変え敵を包み込め!」
「マナよ、炎雷となりて敵を撃て ライトニングファイア!」
咄嗟に唱えた神剣魔法が、偶然ナナルゥの詠唱と重なる。放たれた赤い槍は数体のスピリットを戦闘不能にさせていく。
しかし意外な方向からの攻撃で予想外の損害を被ったものの、敵の数は依然として多い。
僅かに乱れた陣容の隙間を縫い、身を屈めたオルファリルはナナルゥの元へと駆け寄る。彼女は肩で呼吸をしていた。
「……はぁ、オルファリル、何故ここへ?」
「ふぇ? 何故ってええっとぉ。ナナルゥお姉ちゃんこそ、なんで1人なの?」
「任務ですから」
「任務?」
「ええ、任務です」
ナナルゥは斜め上方へと顔を上げ、壁の上部をちらっと見つめる。
つられて見上げたオルファリルの視線の先には、ぽっかりと空いた穴。丁度先程までイオと居た辺りだった。
「――――あれ……イオお姉ちゃん?」
「? イオが、どうかしましたか?」
「あ、ううん。……まずは、やっつけちゃわないと。ヤだけど、そうしないといけないんだよね」
「……よく判りませんが……貴女は、本当にオルファリルなのですか?」
「へ?」
戦場にはおおよそ似つかわしくない、空々しい空気が流れる。ややあって、ふと柔らかいものに変わる、ナナルゥの目元。
しかし一瞬の変化だったので、オルファリルは気が付かない。ただ、瞳をくりくりと回しながらナナルゥを見つめる。

「……なんでもありません。道は、私が作りましょう」
「え、え? ちょっと」
オルファリルが戸惑う隙にも、ナナルゥの詠唱は始まっている。
残ったマナを全部注ぎ込むようなスフィアハイロゥの輝きが赤い後ろ髪を長く靡かせ、乱れた気流が戦闘服を波立たせる。
動揺の走った敵が、一斉に向かってきた。『消沈』の唸りが木々の間を伝播して梢をびりびりと震わせ、咆哮する。
「消耗が激しいので使いたくは無かったのですが……止むを得ません。危険ですので下がってください」
「う、うわわわっ!」
「敵を……焼き尽くします。アークフレア!!」
数間の間に敵が到着するのと、オルファリルが身を伏せたのと、天が鳴動したのと、衝撃が地面を揺るがしたのが同時だった。
無数の灼熱が大気を覆い、気圧を倍以上に膨張させ、耐え切れなかった熱量が爆発しながら降り注ぐ。
貫かれ、一瞬で蒸発した敵の悲鳴すら、圧迫された鼓膜の影響か聞こえない。オルファリルは必死で頭を抱えながら、驚く。
「こんな、こんなの、知らないよぅ……」
初めて悟った。自分の神剣魔法など、本気になった大人達に比べれば児戯にも等しい、と。
焦げ臭い匂いが周囲に立ち込め、振動が収まった頃、鋭い声が頭の上から響く。
「行きなさい!」
「ハ、ハイッ!」
ぴょんと反射的に飛び起き、焼けた黒い地面を駆け、振り向く。まだ数人残っている敵の間から、"あの"ナナルゥが軽く手を振っていた。