――――帰らなければ。
満身創痍のグリーンスピリットは、ただそれだけを考え、彷徨っていた。正確には、考える事で何かに縋っていたとも言える。
出撃時にはあれだけ光を漲らせていた大地の加護は今や存在を維持するだけで枯渇に耐えている状態であり、
スピリットの特徴であるハイロゥリングが消えかかっているのも本人の意志によってではない。
不思議な事に、マナの放出を必要以上に抑えようと働いているのは彼女の持つ神剣の方だった。
淡く緑色に輝く刀身から、剣の持つマナが緩やかな水の流れのように次々と少女の体内に吸い込まれ、相対的に神剣の輝きは鈍くなっていく。
ずだずだに切り裂かれたり焦げ付いてしまった戦闘服やニーソックスはともかく、その癒しの力は彼女の生命的な危機だけは辛うじて回避させていた。
しかし肝心の少女の精神は焦点の定まらない視線を漂わせ、戦闘によって凹凸の激しくなった地面に向かい、ふらふらと惰性のように足を運ばせる。
怪我に対する痛みも既に感じてはいないので、自らが持つ神剣の不思議な意志などは、特に気にも留めない。
「帰って……回復しなければ」
こんな不可解な精神状態からは開放される、そう思い詰め、向かう。出撃してきたあの場所へ。薄暗い、天井がぎしぎしと鳴っていた陰湿さの中へ。
急に勾配がきつくなり、石に躓き前のめりにバランスを崩す。濡れた木の枝が後ろ髪に引っかかり、拍子にぽとり、と目の前に何かが落ちてきた。
少女は反射的に屈みこみ、それを拾い上げる。
「……ぁ」
掌に収まる程度のそれは木製の楕円で、中央に丸く穴が穿たれている。
じっと眺めていると、ふいに胸の奥でざわめく何か。突き上げるように駆け上り、視神経を刺激してゆく。
「マナヲ――――」
しかし、その原因を特定する為の時間が与えられる事は無い。
皮肉にも、ようやく抜けたゆるやかな勾配の先で。
まだ戦いの惨禍に巻き込まれることから逃れていた樹木の隙間に窺えるのは、彼女の神剣が今もっとも欲しているものを瑞々しく保有している存在。
「――――ウバエ」
瞬時に、別の意志へと切り替わる心。少女はもう限界を超えている脚の筋肉に命令を告げる。跳ねろ、と。