相生

Anthurium scherzerianum Ⅹ

大きく迂回し、何度も転びながらようやく駆けつけた草叢の向こうに複数の仲間と巨大なマナの気配を感じたオルファリルは、
咄嗟に『理念』の両刃を鋭く後方へと振りかざした反動で前方へと飛び、そこで再遭遇を果たしたグリーンスピリットの刃を受け止めている。
「はっ! く、あううっ!」
樹の幹からの反動を活かしたグリーンスピリットの強襲は重い。その上、マナの威力も加算されている。
重量では圧倒する『理念』でもその衝撃はとても受け止めきれず、気を抜くと弾かれそうになってしまう。
オルファリルは両手で『理念』を水平に翳し、両脚を大きく踏ん張り、歯を食いしばる。
目の前では火花のように迸る炎のマナと緑のマナが眩しく忙しく飛び交い、地面には自分の爪先が刻む真っ直ぐな溝が黒々と延びていく。
「っ、っ……こんのおっ!」
「ッッッ?!」
「やめなさいって……言ってるでしょおっっ!」
「――――グアアッッ!」
『理念』の左切先が斜めに沈み、勢いを流されかけたグリーンスピリットの身体が大きく泳ぎ、脇腹が開く。
そこにオルファリルの左膝が食い込み、グリーンスピリットは大量の空気を吐き出し、呻きながら吹き飛ばされた。
そして次の瞬間、片足だけで一旦離れたオルファリルの周囲には、ふたつの巨大なスフィアハイロゥが出現する。
「もーっ! 怒っちゃったんだからぁっっ!!」
まだ宙に浮き、壊れた人形のように歪んだ顔を向けるグリーンスピリットに対し、『理念』を垂直に翳して両手をその間に伸ばす。
すると呼応したスフィアハイロゥは急激にその様態を換え、赤く分散しながら空中に浮かんだ紫色の刀身へと吸い込まれていく。
「マナの支配者である神剣の主として命ずる――――」
かっとなったせいか、無意識に発動する詠唱。
不思議に『理念』は大人しい。これなら、と意識の片隅で、照準だけは周辺に留める。殺す気は無い。
「――――え?」
しかし、威嚇攻撃を放とうと真っ直ぐに突き出した両腕の間から思わず漏れるのは、疑問符。
こちらを向いた、虚ろな瞳。殺意の中に哀しみのような色が混じる少女の眼差しから溢れるのは、透明な雫。

そして、畳み掛けるような偶然は、オルファリルを更に混乱させる。

躊躇した手元の向こうを横切るようにぴょん、と跳ねてきたのは白い生物。
何を思ったのか、現れたエヒグゥはそこでようやく縮こまり、周囲に漂う殺意から身を守ろうとするかのように動かない。
「っ?! 危ないよぉっ!!」
オルファリルは悲鳴のように叫び、膝を屈め、素早く捕まえグリーンスピリットから背を向ける。
当然手放されたままの『理念』が戸惑うように中空でその身を小刻みに震わせていた。
その間に着地し、姿勢を整えたグリーンスピリットは、姫貝細工のようにマナを迸らせながら"最後の"攻撃を仕掛けてくる。
「っっあうっ!!」
一瞬の隙を逃さず放たれた蹴りは、少女の剥き出しの骨が自身の勢いによって砕かれてしまう程容赦が無い。
背骨を圧し折るような衝撃が襲いかかり、吹き飛ばされ、地面に叩きつけられたオルファリルは軽い脳震盪を起こす。
「……ぅ゙」
「マナヨ、ワレニシタガエ……」
緩やかに、そして滑らかに始まる詠唱に、オルファリルは為す術が無い。
遠く響く韻律と薄い緑色に包まれ、重力を無視して浮かび上がる小石の群れ。
全身に痛みと痺れが走り、髪留めが外れ、長い髪も散り散りに解けてしまう。
覚束無い足取りのグリーンスピリットが、『理念』を奪いあげているのも視界の片隅から垣間見えた。
「……えへへ……大丈夫だよ……絶対に、守、る、から……」
それでもオルファリルは腕の中で縮こまった自分よりも弱い存在、エヒグゥへと微笑みかける。
エスペリアをして"完璧"とまで言わしめる、赤い瞳の黄金率をほんの少しだけ崩しながら。

「てりゃああああっ!」
「はああああっっ!」
白翼が2対、別々の方角から舞い踊るのを感じていた。