相生

Tie the wind

「全テを貫ク衝撃トナレッッ!」
別々の方角からの攻撃。選んだのは、より脅威を感じる上空の敵。
詠唱途中で膝を曲げ、本来重力に任せる筈の神剣魔法に指向性を持たせる。
咄嗟の判断だったとはいえ、潜在能力が生み出す創造は紛れも無く少女の才能。
仰角をつけられたマナは緑雷の槍と成し、放物線を描く軌跡の頂点で一瞬静止しなければならなかったネリーに向かう。
「うわっ!とと…… あぶなっ!」
「ッ!」
しかし渾身のエレメンタルブラストは虚しく大気のみを切り裂き、放電を繰り返しながら霧散していく。
その正に紙一重の中空でウイングハイロゥを細く畳み、すんでの所で回避したネリーの声色が普段より1オクターブ高い。
殆ど条件反射がもたらした偶然だったが、身を捩ったネリーの遥か後方で炸裂したマナの稲妻が結果としては少女の最後の抵抗となった。
もっともこれ以降彼女には、一体何に抵抗しているのか、というような理性的な活動を行うような時間を殆ど与えられはしなかったが――――

直後、ヘリオンとネリーの攻撃が奇跡的な連携を織り成し、少女へと襲い掛かる。
「そこっ!」
今日初めてまともに鞘を滑りぬけた『失望』が地面すれすれから伸び、オルファリルに止めを刺そうとしていた細身の神剣を弾き、
高速で行なわれている連撃がヘリオンの手元に戻った瞬間を狙ったグリーンスピリットのポニーテールを掠めるのは上空から飛来した『静寂』。
「チイィッッ!」
「惜しいっ! こんのぉ~!」
どん、という巨大な衝撃が少女のすぐ脇で地面を抉り取り、砂塵が舞う。僅かに掠めただけの戦闘服が大きく破れ、脇腹の傷を露見させる。
金と朱の交わる液体が肉の間で玉になり、スローモーションで浮き上がる中を、黒く1閃するのはヘリオンの第2撃。
深く沈めた膝の上から滑り出す『失望』が間合いを大きく伸ばし、上体を逸らしたグリーンスピリットを土煙ごと断ち切ろうとする。
着地し、大振りの後に隙だらけの背中を見せていたネリーを薙ぎ払おうとしていた少女は手先を変化させ、鍔元で受け、きん、と鋭い音が響く。
しかし、逆転した勢いは止まらない。次第に回転数を上げ始めたヘリオンの攻撃は旋風をすら生み出しつつある。

「ハァッ……オルファ、今です!」
「う、うん!」
その間に『理念』を拾い上げたオルファリルはエヒグゥを抱えたまま一足飛びに間合いを外し、
丘の中腹辺りで倒れているニムントールへと駆け寄り、顔を覗き込む。顔色が紙のように真っ白だったが、まだ生きている。

「クウッ! ナ、ナゼッ!」
少女は、目の前のブラックスピリットが振るう連撃を、懸命に捌く。
見覚えがあった。一度は絶命寸前まで追い詰めた相手。その相手が、こうまで回復している理由が理解できない。
「逃がさない!」
「っ!」
がんっ、と重たい衝撃。辛うじて受け止めたまま、上体がずれる。踏ん張った骨だけの踵に潜り込んでくる泥の不快感。
このブルースピリットにも、見覚えがある。確かに敏捷性は互角だった。それにしても、この我が神剣との共鳴は一体。
「……な、に?」
そしてその中でも、最も理解できないもの。
次第に膨れ上がっていく、破壊衝動。『静寂』の青白いマナが剣を通じて入り込んでくる。
その不躾で、乱暴な感覚。空回りを始める神剣の支配。
どうして、初めて湧き上がる疑問に、自問自答を繰り返す。こんなに忠実に動いているのに、何故マナだけが手に入らない。
「っあぅっ!」
遂に、捌き切れなくなった緩く湾曲した黒のマナを伴う神剣が手首の腱を断ち切り、
その直後には膨大な水のマナを湛えた神剣が戦闘服の胸元を大きく切り裂いていく。
衝撃で仰け反りかけた顎を懸命に引き戻し、唇を噛む。だが鉄の味も、乳房から噴き出す鮮血に掻き消されてしまい、混乱する。
少女は追い払うようにがむしゃらに振った剣をそのまま纏わり付くヘリオンへの対応へと回す。変化の激しい状況が思考を許さない。

 ―――― 思考?

浮かぶ、何か。そして、崩壊を起こす地面。がくん、と沈んだ身体がここでの戦闘継続の不可を訴え続けている。

「おわっ、っとと!」
「わっわっ! な、なんですかぁ?!」
轟音と共に起きた地滑りに、ヘリオンとネリーはウイングハイロゥを羽ばたかせ、上空へと逃れる。
「オルファ! ニム!」
「シアー?!」
「んっ……ごめんねシアーのせいで。大丈夫?」
「へ? どゆこと?」
「あうう」
直後崖に生えた樹々の隙間から飛び出したシアーが、上昇する勢いのままオルファリルとニムントールを救い上げる。
そしてその間にも、丘に生えていた大木は次々と倒壊し、土砂崩れへと巻き込まれていく。

確率の非情性は、等しくグリーンスピリットの少女へも殺到する。
だが、迫り来る大木の群れに対し、少女のみは為す術がない。
ウイングハイロゥで逃れる事も出来ない。上手く動かない四肢では体捌きも覚束ない。
ほぼ底を尽いてしまっているマナで、暴力的な土砂を防ぐ為のシールドハイロゥも最早展開出来ない。
乱れるマナの気流の影響か、判断力すらも働かない。そして彼女だけには――――どこからも、救いの手は伸びてこない。
「……ぁ」
少女の手は、自然と前に差し出される。何も無い、ただ広がり続ける灰色の虚空へと。
僅かな理性が瞳へと戻る。浮き上がった身体から伝わってくるのは、軋み、痛み、悲鳴。
一方反射的に呼びかけた神剣からは、何の反応も返ってこない。その沈黙が気絶しそうな程の失望、孤独を生み出す。そして、恐怖。
「ぁ……たす、け」
氾濫する音が、微かな呟きをすら飲み込んでいく。
巨大な質量が硬度を保ったまま自然落下してくるという理不尽な世界では、濁流に揉まれる1枚の葉などは軽々しく圧し流されてしまう。
目の前が、ぐにゃりと歪む。遠ざかる意識の中で、いやにはっきりと感じられる、今正に自分を潰そうとしている自然の暴力。
どうして。少女は、最後に思考する。どうして、自分は戦っていたのだろう――――

  ―――― たい、ちょう

それは、風に縋る行為にも似て。意識が、終息へと嫋やかに導かれて逝く。