相生

Phenomena smiling on graceful

「お、重いぃ~」
「ネリー、もうちょっとだからぁ」
「えっと、あ、あそこです!」
「……ぅに」
「あ、ニムも目、覚ましたみたいだよっ」
「いいから早くぅ~!」

「……ぅ゙」
どさり、と少々乱暴に下ろされた、城壁の側。そこで少女の意識は"掬い上げられて"いた。
瞼が開く。最初に見た光景は聳え立つ石壁、いつの間にか晴れた空、そしてそこに伸びる一筋の煙。
ぼんやりと、ああ、負けたのだな、とどこかで納得している自分を知覚する。
投げ出されている四肢には殆ど力が残っておらず、それどころかこのままでは回復も厳しい。
しかし、頭の中だけは霧を追い払ったように、妙にすっきりとしていた。
気持ちが不思議な程の清々しさに包まれている。しかし次に浮かぶのは、疑問。そして、憤りのような誇り。
取り落とさなかったのが不思議な位の神剣を、まだ生きている方の腕で懸命に掴み、それを杖にして立ち上がる。
「あ、気が付いた?」
「あー、重かった」
「あぶなかったねぇ~。もう少しでみんなぺしゃんこだったよ」
「ご、ごめんなさいぃ……」
「ああ、別にシアーが悪い訳ではないのではないかとっ」
「……何故、助けた」
「ふぇ?」
「はい?」
「あれれ?」
「何故、助けたと聞いている」
両脚が勝手に震え、膝が落ちそうになる。
それでも少女は睨みつけたままの表情を変えず、ゆっくりと、確かめるように呟く。一斉に首を傾げる、5人の少女へと向けて。

「何故って言われても……やっつけたくなかった、から?」
「ニムに聞かないでよ」
ぼろぼろになりながらも再び剣を構えなおす少女に、オルファリルがまず困惑しながら答え、ニムントールが続ける。
「はぁ、面倒。とにかくもう、止めなよ。壁は落ちたんだから、戦う理由なんてもうないんじゃない? それとも何? まだ守りたいの?」
「ハ?……フ、フフ、フハハハッ! 止めろ、だと? 私に? 戦いを?」
吐き出す言葉に鮮血が混じる。
血生臭さが漂い始めるが、全員がその類いの匂いには既に麻痺しきってしまっているので、特別な反応は誰からも示されない。
動揺が伝播しているのは、少女の放つ言葉に対してのみ。発せられた感情を皮膚で感じ取り、少女の語調は増々硬化していく。
「お前たちに、何が判る……ナンだ……ナンだお前たちは。何故笑っていられる? 何故、私を助けて笑っていられる?」
矢継ぎ早に疑問をぶつけ、ふらふらと近づく。シールドハイロゥすら展開していない。
そのくせ歩みだけは止めず、何かを求めるように差し伸べている両手は、あらぬ方角へと彷徨っている。
恐る恐る近づいたシアーが、殊更慎重に声を漏らす。
「……泣いて、るの?」
「っっ! うるさい、うるさいうるさいうるさい! 敵を倒す! それだけがスピリットの存在理由!」
「ひゃっ!」
「シアー! ああっ、もうっ!」
咄嗟にシアーを庇い、前に出たネリーが頭を抱える。共鳴は、まだ完全には抜けていない。
よろけてしまう足元に、被さるような悲鳴。その頑なな意志こそがこの頭痛の原因なのだと、今はっきりと確信する。
「それを否定するお前たちに……一体何が判るっ!!」
「わっかんないよ! そんなの、つまんないじゃん!」
「~~っ! つまらない、つまらないだと! ……そうとも、判る、筈がない」
「え? ……何、それ」
「……お前達、にはっ!」

口を丸くして固まってしまうネリーを他所に、少女の言葉と行動はもう完全に、矛盾してしまっている。
彼女は細身の神剣を何故か槍のように構え、虚空を睨み続けながら叫ぶ。
しかし怒りに満ちた断定には訴えるような嗚咽が混じり。踏み出す足は迷子のようにおぼつかず。
「……ははは。判る筈がないんだ。庇い合う戦法……そんなものを、"当たり前に選べる"お前たちに」
その場に立つ者全てが、ただ呆然と呟きを受け、口を噤み、見守る事しか出来ない。
ただよろよろと、震える剣を前方に翳し。時折躓き。それでも泣きながら、縋るように迫ってくるか細い瞳を。
「"仲間と普通に笑い合える"お前たちに、何が……くそっ! くそっくそっくそぅっ!」
少女は半狂乱になり、振り払うように剣を振り回す。
もう、そこに手筋などといった技術は無い。びゅんびゅんと、回旋する剣だけが木々の枝を削ぎ落としてゆく。
「ふざけるな! ふざけるな! ふざけるなぁぁぁ!!!」

  ―――― どすっ

そうして何度目かに少女の神剣が"突いた"先。
そこで剣先の行方を赤く染め上げ、彼女の視界を遮っていたのは、突然現れた灰色の影。

「……あ?」
「クッ、強くなったな……だが、もう、いい……よく頑張ったな。もう、いいんだ」
ぴぴっと頬に当たる生暖かい感触が、少女を我に返させる。
呆けたような表情が、目の前の赤い瞳に強く映し出していた。
それが自分の顔だとようやく理解し、遅れて身体に震えが走る。がくり、と力の抜け落ちる膝。
心に刻み込んだ記憶が、手元の赤を現状のものとして認識させていく。
霧のようだった視界が後退してゆき、唯残るのは遠かった筈の懐かしい光景。
「……たい、ちょう……?」
「お前に重荷を押し付けたまま去ってしまった手前を、許してくれとは決して請わぬ」
「た、い……」
「償いは、我が身をもって示そう。好きなようにするがいい。ただ、これだけは言わせてくれ」
「あ……わ、私は、わた……」
「……ありがとう、"生きていてくれて"」
「……ぁ」
大きく見開らかれた瞳。一瞬の後、くしゃりと崩れていく表情。
「あ、あ……わああああああっっっ!!」
少女は、ウルカの腹部を血に染めた剣を慌てて抜き去り、半身ともいえるそれをいとも簡単に放り投げ、再びしがみつき、泣き続ける。
いつまでも、いつまでも。母親の腕(かいな)にようやく辿り着いた、幼子のように。
「……済まない」
反応した森のマナが二人の周囲に集まり、エメラルドグリーンの輝きを放つ。
雨の余韻か、水分を含んだ大気に反射しては七色に煌き、万華鏡のような紋様を描きながら大地へと還っていく。

草叢に転がった細身の神剣を、そっと取り上げた者がいる。
「これですか……なるほど。出来ますか? 『理想』」
くん、と機敏な反応を示す剣に微笑みかけ、イオは少女の神剣を側の樹へと突き通す。
そして構えた『理想』の剣先を柄に当てると、キン、と鋭い金属音が響き、細身の剣は半ばから折れ、変形を始める。
純粋な大地のマナを吸い取り、細身の槍状へと、在るべき姿へと。
「これで、制御可能な筈。……ヨーティア様、これで本当に、任務は無事完了しました」
空を一度仰ぎ、仲間の居る方を振り返る。赤い瞳は空の青さに流れる風の結び目を、しっかりと捕らえて放さない。

こうして、誰の記憶からも失われる事の無い願いは続く。

                                   ―――― 相生 ende ――――