ヒミカイザー

第2話

♪ヒミカイザーのテーマ

熱き想い 鋼の腕に宿した
白き光の翼

世界の奥 深く蠢くダークラキオス
その野望を打ち砕く日まで

悲痛にまみれた 遠い記憶が
その拳を炎へと変える

進め! ヒミカイザー
そうさ お前は
愛に彷徨い
歩き続ける旅人

平和の日が 邪悪に霞みそうなら
魂を振り絞れ

揺るぎの無い 心が暗黒を吹き消す
突き抜けろ 必殺ヒミ・フェニックス

友に授かった 優しさという
名の力を勇気へと変えて

戦え! ヒミカイザー
そうさ お前は
孤独に強く
歩き続ける旅人

第2話 『黒い月光仮面』


 その日、ヒミカの働く飛行挺ものべー号が着いたのは、大きな街だった。
 ヒミカはダークラキオスの情報を集めて歩き回ったが、全くの空振りに終わった。
 慣れない人ごみを歩き回って疲れたヒミカは、出発までまだかなりの時間を残してものベー号へと戻る。
 今のヒミカには、ものべー号が心安らぐ家になっている。
 船内に入ってほっと一息つき、一旦機関室に行ってみようと船内を歩いている途中、貨物室の前で酷くあわてた様子のヘリオンと出くわした。
「こんなところで何してるの、ヘリオン?」
「ああ、ヒミカさん、ちょうど良かった!
 大変なものを見つけちゃったんです!!」
「何? ゴキブリでもいたの?
 鏡に映った自分の姿でしたってオチじゃない?」
「違いますよ! いくら私でも、自分とゴキブリの区別くらいはつきます!
 いいからちょっと来て下さい」

 ヒミカは、ヘリオンに腕を引かれて貨物室の中に入る。
「この段ボール箱の中身を見て下さい」
「いいの、そんな事しちゃっても?」
 本来、飛行艇に積まれている荷物の中身を勝手に見るなどというのは論外である。
 けれどもヒミカは、ヘリオンの切羽詰った表情から、ただ事でない何らかの事情の存在を見て取った。
 そもそもヘリオンが、何の理由も無しにそんな非常識なことを言う筈が無い。
 ヒミカは、段ボール箱を開けて、中にあるものを確認する。
 段ボール箱の中身を確認した途端、ヒミカの顔色が変わった。
「これは武器じゃないの!」
 隣の箱の中身も確認する。
「こっちも……これも……」
 隣の箱も、その隣の箱も同じだった。
 ヒミカは貨物室に大量に積まれている段ボール箱の山を見渡す。
「まさか、これ全部!?
 どこかで戦争でも始めようっていうの?
 ものベーはいつから武器運搬船になったっていうのよ?」

 ヘリオンを見ても、困惑の表情を見せるだけだ。
 ヒミカは改めて段ボール箱を調べる。
 荷札には、中身は靴、服、バッグといった当たり障りのない製品名が書かれている。
「ヘリオンは、どうしてこれを見つけたの?」
「えっと、荷物を運んでた時に転んじゃいまして。
 その時中から……。
 運んでいる時も、バッグにしては重いなーとか思ってたんですけど」
「それはまた、ずいぶんと派手に転んだみたいね。怪我はなかった?
 怪我とかしてたら、すぐに医務室に行きなさいよ。素人判断が一番怖いんだから。
 注意しなさいよ?
 それで、他にこの事を知ってる人はいる?」
「いえ。
 最後の荷物を運んで来た時に、これで終わりだー、と思って油断して転んじゃったので。
 私しか見てませんし、まだヒミカさん以外誰にも話してません」
「そう。
 ……ヘリオン、この事は誰にも言わないでおいて」
「は、はい。
 えと、トキミさんにも?」
「じゃあ、トキミさんには話をしておいて。
 私は荷主を調べてみるわ」
「危ない事はしないで下さいね、ヒミカさん」
「ええ、任せておいて」

 返事は立派だが、ヒミカはある意味で非常に世間知らずである。
 本人もその周りにいる者達も、地位や権力や金銭を求める類の慾を持っていないので、こういった世間の面倒事に関わった経験が殆ど無いのだ。
 そもそもにして、頭で考えるよりも、まず体が動くヒミカである。
 ヒミカは真っ直ぐに荷主の元に向かう。
 荷札にあった送り主は、国内でも有数の大企業であった。

「社長にお会いしたいんですけど」
 企業本社に着いたヒミカは、早速受付嬢に社長との面会を申し込む。
「おはようございます。
 どちら様でしょうか?」
「えーと、ヒミカよ。ものベー号の」
「ものベー号のヒミカ様……。
 申し訳ございませんが、本日の面会者リストに御名前がございません」
 受付上は慇懃に頭を下げる。
 ヒミカの常識からすれば、非のある相手は出て来て謝罪するのが当然なのだが、世の中そう上手くはいかない。
「話があるのよ、ものベー号の積荷の事で!」
 食い下がるヒミカを、横から屈強な警備員が抑え、引っ張り出そうとする。
「来い」
「放しなさいよ!」
 警備員を蹴散らしてしまいたかったが、それをやっては社長に会う事など絶対に出来なくなる。
 ヒミカもそれは理解はしているから、なけなしの自制心を発揮して怒りを堪えてはいるが、いくら足掻いても一向に埒が明かない。
 そこに、黒服を着た一人の女性が、外から入って来た。
 屈強な警備員と引っ張り合いをしているヒミカを尻目に、受付嬢の前に立つ。

「社長にお会いしたいのですけれども」
「おはようございます。
 どちら様でしょうか?」
「ラキオス警備隊のものです。
 2、3聞きたい事がありましてね。
 なに、時間は取らせませんよ」
 黒服の女性は、胸ポケットから手帳を出して、広げてみせる。
「御待ち下さい」
 受付嬢はそう言うと、どこかと連絡を取り始めた。

「受付です……
 ええ、パトロールの……
 本物です……」
 小声で言いながら、ちらちらと黒服の女性の様子を伺う。
 女性の方は、穏やかな微笑を浮かべ、落ち着いたものだ。
 その落ち着き払った表情からは、何を考えているのかが全く読めない。
「……あ、はい」
 話が終わった受付嬢は、女性の方に向き直る。
「そちらの階段を御利用下さい」
「ありがとう」
 女性は、受付嬢にもう一度微笑むと、警備員から逃れようともがくヒミカの方を向いた。
「ほら、早く来なさい。
 それ、私の助手なんです。面倒をおかけしてしまって御免なさい。放してやって下さい」

 黒服の女性の言葉に、警備員はあっさりとヒミカを押さえていた手を放す。
 急に放されてたたらを踏んだヒミカは、警備員をひとにらみすると、その女性の後に続いた。

「ありがとう、助かりました」
「助けたつもりはありません。
 単に、今回の調査に、あなたが利用できると考えただけですから」
「それでも助かりました。
 私はヒミカといいます。ものベー号の機関士見習いです」
「聞いていました。だからこそ、声をかけたのです。
 私はファーレーン。ラキオス警備隊の一員です」
「えっと、ファーレーンさんは、今回はどういう用件でここに?」
 ファーレーンは、ヒミカの言葉ににっこりと笑って答える。
「初対面の相手に手の内を晒すほど、私はお人好しではないですよ。
 それに、今回は私がメインです。
 あなたは私のカードの一枚に過ぎません。
 大体にして、あなたの様な単純な相手に余計な情報を与える事は、相手を有利にするだけです」
「な、何よそれ!」
「事実でしょう? 何か文句があるのなら、今すぐ回れ右して帰ってもいいんですよ」
 ヒミカにはそれができない事を見越しての言葉である。
「う……」
「そういう事です。
 念の為に繰り返しますが、私がメイン、あなたはおまけ。
 くれぐれも、それを忘れないように」
 悔しいが、言っている事は正しいとヒミカは思う。
 世慣れていないヒミカでは、相手に良い様にあしらわれ、情報をあるだけ引き出されて終わりだろう。
 ヒミカ一人では、社長との面会にすらこぎつけられなかったのだ。

 社長室に通されたヒミカは、そこで女社長と対面していた。
 部屋に入るまでは自分は一歩ひいていようと思っていたヒミカだったが、扉を開け、女社長のふてぶてしい態度を見た瞬間に、ファーレーンの忠告は頭から抜けてしまった。
「何の御用かな、お嬢ちゃん?」
 ヒミカの感情を逆撫でる女社長の言葉に、ヒミカはあっさりつられる。
「あんたに聞きたい……」
 ヒミカがくってかかりかけたところを、ファーレーンが遮る。
「あなたはおまけなんですから、黙っていて下さい」
 ファーレーンは社長に向き直る。
 ファーレーンの顔はやはり穏やかな微笑をたたえたままで、何を考えているのか全く窺い知れない。
「ミス・キョウコ、あなたの取引相手の事で、うかがいたい事があります。
 マロリガンのクォーリン商会、どういう会社ですか?」
「なんで当社に?
 先方に直接問い合わせたらどう?」
「それが、その会社、存在しないんですよ。
 連絡もつかない」
「あら、それは不思議な話ね」
 驚いたようにキョウコという社長は言うが、目が笑っている。
 その態度に、またも一瞬で頭に血が上ったヒミカが、キョウコに詰め寄ろうとする。
「とぼけないでよ!!」
 と、一歩踏み出したところで、後ろから首根っこを掴まれる。

「少し、頭冷やしましょうか」
 ファーレーンの言葉が聞こえ、ヒミカは後頭部に強い衝撃を受けた。
「ふげ」
「全く。黙っていてと言った筈です、二度言わせないで下さい」
「……白目むいちゃってるけど、その子大丈夫?」
「そんな事より、そういった怪しい会社とも取引を?」
 相変わらず、ファーレーンの表情は変わらない。
「注文があって、代金が振り込まれれば、どんな相手でも私達のお客様だからね。
 伝票があるから、見せようか?」
「それには及びませんよ。
 また寄らせていただきます」
「いつでも歓迎するわ。
 ところで、そちらのお譲ちゃんは本当に大丈夫?」
「ほら、行きますよ」
 ファーレーンは、白目をむいたままのヒミカをひきづって退室する。

「これじゃ、何もわかんないわよ。
 いいの、ファーレーン?!」
 意識を取り戻したヒミカが、気を失っていた間の話を聞いて、ファーレーンに問う。
「それに私がいた意味も無かったし! ものベー号の武器の事、何も聞いてないじゃない!
 そもそも私、気を失ってただけだし!!」
「あなたの存在は充分に役割を果たしましたよ。
 何も、カードは場に出すだけが使い道ではありません。
 存在をほのめかすのもテクニックです」
「……どういう事?」
「……ふぅ。
 あなたと私が一緒にいた事で、ものベー号による武器運搬が、ラキオス警備隊に調査されていると思ったでしょうね、あの社長は」
「え!? 警備隊が調査してるの?」
「まさか。私だってその件に関しては、さっきあなたの話を聞いて知ったところです。
 でも、それを馬鹿正直に口に出す必要など無いという事ですよ。
 あっちが勝手に勘違いするだけですから」
「……」
「まあ、これでどうでるかでしょうね、キョウコ社長が」
 ファーレーンは、そう言うとにやりと笑った。
 それは、今までの何を考えているか判らない微笑ではなく、罠に落ちる獲物を待つ狩人の笑みだった。

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コマーシャル
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コマーシャル終了
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 ものベー号は定時にその地を発った。
 武器を船から下ろしたところで、こんなものは知らないと言われて終わりだろう、という事で、まだ武器は船の中にある。
 ファーレーンが言うには、このまま泳がせて武器の流れを追うらしい。
 仮に対処されて武器の受け取り相手がつかまらずとも、押収さえしておけば、強制捜査の大義名分になるという事だ。

 飛び立ってしばらく経ったものベー号の操舵室は、緊張に包まれていた。
「未確認飛空挺急速接近。
 衝突コースに入ります」
「コンマ1回避、
 エマージェンシーパルスで警告!
 一体どこのヘタクソだ」
「回避パターンに追随してきます!
 進路を押さえています」
「空賊か!
 緊急事態発令、全乗客・乗員を速やかに固定位置に」
「前方シップよりパルス入電。
 ミニマムドライブまで減速せよと」
「コンマ5最大減速後、コンマ3回避。
 それから1コンマ0の緊急出力で振り切る」
「パターン準備完了。
 カウントダウン開始します」

 その時、船体が大きく揺さぶられた。
「攻撃です!」
「カウントダウン停止。
 ミニマムドライブまで減速。
 クソッ!」

 ものベー号機関室。
 トキミがエンジンの駆動音が小さくなるのを聞きながら、ヒミカに言う。
「出力が落ちましたね。
 やつら、乗り込んで来ますよ」
「ここにも来ますか?」
「機関室を見落とすほど間抜けな空賊なら在り難いんですけどね」
 トキミの答えを肯定するように、機関室の扉が破壊された。
「来た!」
 二人の空賊が機関室に押し入る。
 刹那、ヒミカが一人の空賊の顔面に回し蹴りを叩き込む。
 その蹴り足を器用に反転させ、もう一人の空賊の喉に横蹴りを打ち込む。
 瞬く間に片が付いた。
 次に何をすべきか尋ねようと、ヒミカがトキミに振り返ったとき、ヒミカの少し自慢げな表情が驚きに変わった。

「おっと、そこまでだ」
 トキミが空賊に剣を突きつけられていたのだ。
「トキミさん!」
「私はいいですから、こいつらをやっつけちゃいなさい!」
「けど……!」
 躊躇するヒミカの後ろで、先ほど顔面に蹴りを受けて倒れていた空賊が立ち上がり、ヒミカを思い切り殴りつけた。
「ふげ」

 気が付けば、ヒミカは後ろ手にがっちりと縛られていた。
 隣では、トキミも同じく縛られて、身動きが取れないでいる。
「ごめんなさい、ヒミカ」
「仕方無いですよ。
 それにしても、こいつらの狙いはなんでしょう?」
 小声で話すヒミカとトキミを、見張りの空賊が怒鳴りつける。
「しゃべるんじゃない!」
「……」
 見張りは一人だけ。
 こいつさえ何とかすれば、とは思っても、それが難しい。
 他の乗客にまぎれていれば、或いは何か出来るかも知れないが、こうもしっかりと見張られていてはどうにもならない。
 やはり、スピリットという事で、警戒されているのだろう。
 歯噛みするヒミカの目に、一つの影が映った。
 それは漆黒の衣装に身を包み、黒い覆面をつけた女性の姿。
 その女性はヒミカとトキミを見張る空賊の背後に、音も無く忍び寄り、持っていた刀で後頭部を打つ。
「ふげ」
 見張りはうめき声を上げて倒れた。
 続いて、その黒装束に身を包んだ女性は、刀を使ってヒミカとトキミの束縛を解いた。

「……なんでそんな格好してるの、ファーレーン?」
「ファーレーン? 誰の事ですか?
 私は通りすがりの黒い月光仮面です。そう呼んでください」
「いや、ばればれじゃない」
「……。
 ファーレーンというのが誰かは知りませんが、ちょっと大きな声で独り言を言ってみましょうか。
 ちょっとやりすぎちゃった時、私が警備隊の一員だったとすると、警備隊全体が非難されます。
 自分自身では何一つしようともしないし、できもしないくせに、権利だの人権だのを振りかざして悦に入る輩が、最近は多いですから。
 ですが、正体不明の黒い月光仮面のやる事なら、ちょっとくらいやりすぎても、責任は個人に帰結します。
 で、正体不明ですから、責任の所在もわからなくなる、と。
 仮に警備隊とその者が裏で繋がっていれば、つかまる事もありませんしね。お互いの為に」
「……まぁいいわ。
 あなた、そんなに悪い人じゃないみたいだし。
 協力してくれるんでしょ? ファーレーン」
「……」

 沈黙するファーレーンに、話題を変えるようにトキミが話しかける。
「賊の目的は解りますか?」
「積み荷です。
 あの武器が狙いでしょう」
「空賊が武器密輸の情報をつかんで襲ってきたという訳ですか」
「ええ。
 けど、その情報を流したのはあの女ですよ。
 大した悪です」
「あのキョウコ社長が空賊を使って、証拠を処分しようとしてるの!?」
「そういう事です。
 相手は空賊とはいえ、相当に訓練された集団です。
 あっという間にこの船は占領されました。見事な手際という他無い。
 乗客もどこかに捕まっているでしょうね。
 急がないと倉庫の荷物も持っていってしまうでしょう。
 では、私は行きます」

「私もいくわ!」
 ヒミカが叫ぶ。
「とにかく奴らをやっつければいいんでしょう!」
「……。
 不安が残るとはいえ、この船の中はあなたの方が詳しいですからね。
 解りました。
 やり方はあなたに任せます」
 力強く頷くヒミカに、トキミが声をかける。
「ヒミカ。
 堂々と行くのは幾らなんでも無茶です。
 そこの奥から食堂の裏に這い上がれますから、そこから行きなさい。
 黒い月光仮面さんも、そこから来たんでしょう?」
「ええ、その通りです。では、倒れている賊の処理を含めて、ここはお任せします」
「はい、ありがとうございました。そちらもお気をつけて。ヒミカも頑張りなさい」
 トキミの応援を受けて、ヒミカは自分のロッカーから剣を取り出すと、ファーレーンと共にものベー号奪還に向けて動き出した。

 船内は、全く荒れてはいなかった。
 空賊の行動には、非常に洗練されたものがある。
 そして、数度闘ってヒミカにも解ったのだが、空賊の個々は、スピリットには及ばぬながらも高い能力を持っている。
 単なる粗暴な存在ではなく、よく訓練されており、下手な軍よりも統率が取れている。

「どういう事かしら? 解る、ファーレーン?」
「ファーレーンではありません。黒い月光仮面です」
「どっちでも良いでしょ、そんな事」
「どっちでも良くは無いです。
 質問に関しては、ある程度予想はつきますが、まだ確信には至っていません。
 だから答えは控えさせて下さい。
 変な先入観は自分達の首を絞めかねませんから」
「そんなもの?」
「そんなものです」

 二人がそんな話をしていると、

 ドカン!

 けたたましい音と共に、空賊が扉を突き破って廊下に吹き飛ばされて来た。

「な、何!?」
 部屋に入ると、そこは救護室だった。
 一人の年若いスピリットがベッドに腰掛けている。
 彼女はニムントール。ものベー号救護室勤務の乗務員である。
 けれども、なかなか部屋から出たがらない、というよりも、救護室のベッドから出たがらないので、ヒミカとの接点は今まであまり無かった。
「今の、あなたがやったの?」
「そう。ここは異常無い」
「異常大有りでしょう!
 いいからちょっとついて来なさい!」
「や、面倒」
 ぷい、とそっぽを向く。
「ファーレーン、何とか言ってあげてよ」
「……」
「ファーレーン?」
 黒い月光仮面です、と突っ込みが入るかと思ったが、ファーレーンは覆面の下で目を輝かせている。

「……か、可愛い。可愛すぎるーーー!!」
「きゃああ!?」
 ファーレーンは、がばっとニムントールに抱きつく。
 ニムントールの何かが、ファーレーンの琴線に触れてしまったらしい。
「ちょ、ちょっと、ファーレーン! 何してるのよ!!」
 あまりの豹変振りにあっけに取られていたヒミカが、ようやく我に返って注意しても、スイッチの入ってしまったファーレーンには一向に効果がない。
「名前は? ニムントールちゃんって言うのね。ニムって呼んでいい?」
「……うん」
「ちょっとファーレーンってば!」
「ああもう、うるさいですね、ヒミカは!
 解りました。可愛いニムの為にも、さっさと片付けてきちゃいましょう。
 ちょっと待っててね、ニム。
 お姉ちゃんが空賊達をやっつけてくるから」
「……ニムも行く」
「え?」
「ニムも、お姉ちゃんと一緒に行く」
 どうやら、ファーレーンの抱擁も、なぜかニムントールの琴線に触れてしまったらしい。
 ファーレーンとニムントールはあっさりと信頼を深めてしまった。
 もう「ニム」「お姉ちゃん」と呼び合っている。

 ヒミカはそんな二人に不安を感じたが、それは杞憂に終わった。
 ニムントールは優秀だった。
 特にマナを使った防御の技は、空賊の攻撃をことごとくはじき返した。
 ファーレーンとのコンビネーションも上手く、連携『居合のストライク』は、ばったばったと相手をなぎ倒し、道案内以外にヒミカの出番は殆ど無くなってしまった。

 3人はさほど苦戦する事もなく、操舵室に向かう通路への扉に到達した。
 けれども、その先には確実に敵が待ち構えている。それは、火を見るより明らかだ。

「ちょっと!
 こんなところから行ったら集中攻撃されますよ!
 他に通路は無いんですか?」
「この下にも非常用の通路があるっちゃあるんだけど、飛行中はここしか使えないわ」
「強行突入ですか……勝率が悪過ぎますよ」
「いえ、ちょっと待って。
 下の通路で行けるかも知れない。
 トキミさんが短時間なら船の外に出られるって言ってたわ」
「ちょっと待ってはこっちのセリフです。
 こんな上空からスカイダイビングはゴメンですよ。
 この高度からでは、ウイングハイロウだって持ちません。
 まだ敵の集中攻撃の方がましです」
「私にも難しい事はわからないけど、ものベー号の周りに気圧の変化とかを防ぐ障壁を張れば何とか」
「だから、その障壁をどうするのかが問題なんです」
「障壁なら、ニムが張れる」
 ヒミカとファーレーンが、ニムントールを見る。
 年少のスピリットは、深呼吸をしながら精神を集中させている。
「でも、短い間しか持たないから」
「解ったわ、ニム。走ればいいのよね」

 操舵室の中では、空賊のボスと思しき一人の女性が、部下に指示を出していた。
「荷の積み込みはまだ終わりませんか?」
「もう少しです」

「全員動かないで下さい。
 動くと斬ります!」
 飛行中は通れない筈の通路を駆け抜けたヒミカ達が、操舵室に駆け込む。
 完全に賊達の虚を突いた。
 だが、そのファーレーンの警告に、空賊達のボスは悠然と応えた。
「そちらの通路を通ってくるとは、なかなかの腕と御見受けします。
 手前が相手をします。皆は、早く荷の積み込みを」
「なるほど、ただの空賊じゃないとは思っていましたが、やはりウルカでしたか。
 道理で洗練されたやり口と、統率の取れた集団な訳です。
 ですが、いいのですか?
 あなたが動くと、部下が死にますよ?」
「死ぬのは本人の力が足りないがゆえ。
 己が生死の理由を他人に求めるような者は、手前の部下には一人とておりませぬ」
「……やるしかなさそうですね」
 ファーレーンは、喉元に刀を突きつけていた空賊を解放し、ウルカに向かい構える。
 開放された空賊も、ファーレーン達に襲い掛かる事無く、一礼して操舵室を出ていく。
「部下の解放に、ひとまずは感謝致します」
「このままあなたも、荷を置いてこの船を去ってくれると、私としては嬉しいのですが」
「そうはまいりません。
 貴殿らは大勢の者を不幸にする。
 それを見過ごす事は、手前には出来ません」

 ヒミカも話には聞いた事がある。
 弱い者や貧しい者を助ける義賊集団『漆黒の翼』。
 そのトップのウルカは、すさまじいまでの剣技の使い手だという。
 しかし、なぜ義賊の筈の漆黒の翼が、ものベー号を襲って武器を奪おうとするのか。

「考えている暇はありません! 来ます!!」
「!?」
 ファーレーンの言葉に、ヒミカは我に返り、驚愕した。
 かなりの距離があったはずのウルカの体が、目前に迫っていた。

「雲散霧消の太刀!」
 あまりの速さに霞む太刀筋。
「くっ!!」
 何とか防いだものの、受けた剣を持つヒミカの手に衝撃が響く。
 ウルカの攻撃は鋭いだけでなく、重い。

「アキュレイトブロック!」
 ニムントールが障壁を張るが、その障壁すらもウルカは容易に切り裂く。
 無理も無い。
 ベストの状態であればまだしも、つい先ほど通路に大規模な障壁を張った時の疲労が、ニムントールには色濃く残っている。

 ファーレーンの攻撃も、ウルカの刀にあっさりと阻まれ、届かない。
 そもそもファーレーンは真正面から相手と戦うタイプではない。
 隠密行動や奇襲を旨とするファーレーンにとって、正面から正々堂々挑むのは愚策もいいところだ。
 無音暗殺術の為に鍛え上げられたファーレーンの足運びでは、神速の踏み込みや体移動を持つウルカに追いつけないし、逃げ切れない。
 良い様に主導権を握られ、攻撃される。
 反撃しようにも、間合いが取れない状態にあって、迂闊な動きは即敗北を意味する。

 ヒミカ渾身のトリプルスイングすら、ウルカにはあっさりと受け流される。
 まるで技量が違う。

 三人が三人とも、一対一ではウルカには決して勝てないだろう。

 けれども、今のヒミカには仲間がいる。背中をあずけるに足る戦友が。
 それは他の二人にとっても同じ事。
 目配せすら無く、三人はお互いを信頼したポジションに動く。
 ウルカの前方左右にヒミカとファーレーン。
 ウルカの前方やや離れてニムントール。
 ウルカがそれに気づいた時、三人の攻撃の準備は既に整っていた。

「二人とも、合わせて!」
「解っています!」
「解ってる!」

 ヒミカが思い切り良く踏み込み、剣を振るう。
 ファーレーンが鋭く踏み込み、刀を振るう。
 僅かに遅れ、交差後の一瞬をニムントールが狙う。

「「「月輪のフルスイングストライク!!」」」

 ウルカの刀が、三連携の威力に押され、弾き飛ばされる。

「くっ!」
 追い討ちをかければ完全に勝負がつく、というタイミングで、ファーレーンが鋭く言葉を発した。
「ここまでです!
 何か誤解があるようですが、この船は武器密輸組織と通じている訳ではありませんよ」
「……何ですと?」
 ウルカの顔に当惑が浮かぶ。
「この船は、武器の密輸に利用されただけの、いわば被害者です」
「……それが真実であるという証拠は?」
「そう……ですね。
 この子の目を見て下さい。あ、私の目じゃないですよ。
 私は気まぐれで彼女に協力している、ただの黒い月光仮面ですから」
 ファーレーンは、ヒミカを前に押し出す。
「どうです?
 嘘をつける目ではないでしょう?」
「……たしかに。
 何より、先程の剣筋が実直な義の心を示しておりました。
 非は手前の側にあったようです。
 申し訳ありません」
 ウルカは丁寧に頭を下げる。
 生きるか死ぬかの世界に生きる者が、最大の弱点である頭を無防備に下げるという行為の意味は大きい。
「皆、引き上げです。急げ!」
 ウルカは、部下を引き連れて走り去る。

「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
 ウルカ達が走り去っていくのをファーレーンが追う。
「まだ何かあるの、ファーレーン?」
「ファーレーンじゃありません、黒い月光仮面です!
 そんな事より、『まだ何かあるの?』じゃないでしょう!
 ヒミカ、あなた、本来の目的を忘れてはいませんか?」
「本来の目的?」
「積荷を、武器を奪われたら仕方ないでしょう!!」
「……あ。あーーーっ!!」
「このお馬鹿!!」
「ごめん!!
 何だかウルカと心が通じ合った気がして満足しちゃってた!!」

「逃げられてしまいましたね。
 積み荷も奪われて、証拠は消滅してしまいましたし」
「ごめん」
 ヒミカの謝罪にファーレーンは軽く肩をすくめる。
「仕方ありません。
 あなたに場を任せた以上、こうなる事も必然だったのでしょう。
 非を問うならば、あなたに場を任せた私の方の責が、まずは問われるべきです。
 ですが、人的被害も無かった事ですし、結果を見れば、悪くは無かったと言えるでしょうね。
 いえ。寧ろ、良かったと言うべきでしょう。
 私だけであれば、絶対にこうはならなかったでしょうから」
「何だか喜んで良いのか解らないわ。
 ところで、一つだけ聞きたいんだけど」
「何です?」
「ウルカと戦う意味ってあったの?
 今更だけど、最初から説得してれば良かったんじゃない?」
「あなたやウルカのような筋肉で物事を考える相手に、口でどうこう言っても無駄です。
 一度拳なり剣なりを合わせないと、話になりません。
 勝てるかどうかは一種の賭けでしたけどね」
 ヒミカはぐうの音も出ない。
 実際にそれで、ウルカとお互いを理解したような気になってしまったのだから。

(確かに、ああいう相手だったら、戦うのも悪くは無いんだけど)
 そんな事をぼんやりと考えながら、窓の外で小さくなっていく空賊船を見ていたヒミカが、突如声をあげた。
「ファーレーン!! あれは何!!」
 ヒミカの指差す先には黒い巨大な飛行挺があった。
 その飛行挺は、レーザーを撃ち出し、一撃でウルカの空賊船を消滅させてしまった。
「ウルカ!!」
「よく見なさい、ヒミカ。
 小型艇が脱出しているでしょう」
「ホントだ。良かった」
「やれやれですね。
 それにしても、ダークものべー……実在したんですか……」
「ダークものべー?」
「ダークラキオスの飛空戦艦です。
 でもまさか、本当にあるとは実在するとは思っていませんでした」

 ダークものべーは向きを変え、いずこへか去っていく。
「ちょっと、逃げられるわよ!?」
「仕方ありません。この船で追いかけますか?
 撃ち落されて終わりですよ?」
「う……」
「ですが、ダークものべーまで出してきたって事は、あちらさん、相当に焦ってますね。
 これは当たりでしょうか」
「?」
「今回の件。
 外側から見れば、飛行艇が空賊に襲われて荷物を奪われ、ダークラキオスのものと思われる船が空賊の船を一つつぶしたというだけの事件です。
 飛行艇を襲った空賊は何者かに撃墜され、奪った荷である武器も消滅。奪われた荷の中身が武器だったと証明するものは、綺麗さっぱり無くなったわけです。
 空賊船を撃墜した飛行戦艦が、ダークラキオスのものであるという証拠もありません。
 当然、キョウコとダークラキオスとの繋がりを示す証拠は何も無い。キョウコが今回の件に関わったという証拠すら、何一つ無い。
 それでは、ラキオス警備隊という組織は大きくは動きませんし、動けません」
「そんな!!」
「組織とはそういうものであり、又そう在るべきものです。
 けれども、組織はともかく、黒い月光仮面個人が動く理由としては充分です。
 面白くなってきました。
 さてと、今回はなかなか楽しめました。こういうのもたまには良いですね。
 次にお会いする時を楽しみにしています」

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次回予告
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ヒミカはダークラキオスを探って、武闘会に参戦する事になる。
そこで闘う相手とは……。


次回『仮面武闘会』、お楽しみに!