Twinkle fairies

一章:ブラック・ブルー・スピリット

 エルスサーオを出立してから僅か七日。悠人たちは既に本陣のサモドアの手前の都市、リモドアまで進攻していた。だが、サモドア平原に
あったリーザリオ、リモドアとは打って変わり、山岳地帯に位置するサモドアの守りは鉄壁であった。
 山岳地帯での戦闘に慣れない悠人たちにとって、サモドアを囲むサモドア山脈は天然の要塞であり、加えて山岳地帯での戦い方に熟知した
バーンライト兵のゲリラ的な戦闘形式が悠人たちの進攻を完全に封殺していた。
 この状況を打開する策が依然として挙がらない悠人たちであったが、防衛には滅法強いもののバーンライトも攻めに転じる決定打を打てず
、両者は膠着状態に陥っていた。
 しかし、リモドアに駆け付けたヘリオンの伝書により、バーンライト兵がサモドア山道を北上し、ラキオス南部のラセリオに向かっている
事が発覚した。先に動いたのはバーンライトの方であった。
 悠人はリモドアの防衛にアセリア、ハリオン、オルファリルを残し、ウィング・ハイロゥを持つネリーとシアー、ヘリオンに悠人とエスペ
リア、ヒミカを抱えて運ばせ、急遽ラセリオへ向かったのだった。

(ウィング・ハイロゥを持ってる皆は、いつもこんな景色を見てるのかな)
後方へ流れ行く景色と全身を撫でてゆく風を堪能しながら悠人はそう思った。
 悠人たちはラセリオへ向かってサモドア平原上空を滑空していた。全員で行軍していた徒歩とは違い、やはり空を飛んでの移動は段違いの
距離を稼いでいた。尤も、神剣の補助のお蔭で徒歩でもそれなりに早いのだが、補給物資や野営に必要な機材等を運ぶ為にはどうしても歩かざるを得ず、スピリットが土煙を巻き上げながら全力疾走をして荷車を引くわけにはいかなかったのであった。
しかし、今回の様に移動だけが目的であればエクゥ(馬)などとは比べ物にならない程に速く。ウィング・ハイロゥを有するスピリットは特に
その群から抜きん出ていたのである。

「~♪」
 ぼんやりと景色を眺めていた悠人は、頭上から聞こえてきたハミングに思わず苦笑して顔を上げた。
「どうしたんだ?やけに機嫌が良いみたいだけど…」
 空を飛べない悠人たちならば耽る感慨もありそうなものだが、その純白のウィング・ハイロゥを展開しながらハミングを調べている表情は
悠人以上に上機嫌な様子であった。
「ふぇ!?そ、そそそ、そうですかぁ?」
 突然の悠人の指摘に、黒スピリットのヘリオンは吃りながら言葉を返した。
 リモドアを発つ前に誰が誰を運ぶかと言う事になったのだが、悠人をヘリオン、ヒミカはネリー、そしてエスペリアがシアーと言う組み合
わせになっていた。
 ネリーとシアーはこぞって悠人の運搬役に名乗りを挙げたのだが、意外にも悠人が自らの運搬役に選んだのは二人の勢いに完全に呑まれて
しまっていたヘリオンであった。
 理由は至って明白で、三人の中でヘリオンが一番背が高かったからである。その気弱で大人しい性格から小さいと言う印象を受けるヘリオ
ンであったが、背筋を伸ばせば実は二人よりも背が高い。並んでみるとその差は顕著であった。
「は、はいっ!ゆ、ゆゆゆ、ユート様っ!!よ、よよよ、よろ、宜しく御願致しますっ!!」
 余程気合が入っているのか、室内にも関わらずヘリオンの背中には大きなウィング・ハイロゥが既に展開されてしまっていた。
 悠人、一抹の不安がどうしても拭えなかった。
 しかし、その心配はどうやら杞憂であった様で、悠人は特に危険な目に遭う事も無くこうして上空からの景色を楽しむ余裕すら生まれてい
た。
「やっぱり、ヘリオンたちは飛ぶ時はいつもこんな景色が見れるのか?だったら羨ましいな。飛行機から見る景色とは全然違う。本当に自分
が鳥になったみたいだ」

 悠人の正直な感想に、ヘリオンはまるで幼子を思わせる様な仕草で首を傾げた。
「『ヒコーキ』って何ですか?ユート様…」
 どうやら、耳慣れないハイ・ペリアの言葉に興味を覚えたらしい。そう言えば、ヘリオンには行軍中に皆に聞かせた話を全くしていなかっ
たと悠人は気が付いた。
「『ヒコーキ』って言うのは、俺の世界で空を飛ぶ為の機械の事を言うんだ」
「えぇっ!?ハイ・ペリアではウィング・ハイロゥを持たなくても空を飛べちゃうんですか!?」
「それなりの手間は掛かるけどな。まぁ、規模でいったら小さくなるけど個人で飛ぶならグライダーとかもあるぞ?こっちはどっちかって言
うと滑空って言う方が正しいんだけど…」
 悠人が話す伝説のハイ・ペリアの話に、ヘリオンは胸を躍らせて聞き入っていた。悠人もそんなヘリオンの無邪気な反応が嬉しくてついつ
い言葉を重ねてしまう。
「むぅ~っ…」
「う~っ…」
 その光景を目の当たりにする四人の少女たち。内二人からは何やら獣じみた唸り声が漏れていた。
「ネリーだってユート様を運びながらお話したいのにぃ~…」
「にぃ~…」
 ヒミカとエスペリアを抱えて飛ぶ、ネリーとシアーであった。
 悠人と自分が運んでいるものを見比べ、一瞬、この腕の中のものを大空へと放り投げてヘリオンから悠人を強奪してしまおうかと言う物騒
な考えが浮かんだが、如何に頑堅なスピリットと言えど、耳元で風笛の鳴るこの速度で地面に激突させられれば怪我ぐらいでは済まないであ
ろう。
「アンタたち、今物騒な事考えてなかったわよね…?」
「二人とも…。今は移動だけとは言え、任務中ですよ?お願いですから、それだけに集中して下さい…」
 彼女たちを支える腕に何かを感じ取ったのは歴戦の戦士として戦場を生き抜いてきた経験と直感であろうか。二人は自分たちの背中が湿り
気を帯びている事に気が付き、内心戦慄しながらもそれぞれの自分の運搬役に釘を差した。
 そんな戦々恐々とした空気に気付かず、悠人とヘリオンは日が暮れるまでハイ・ペリアの話に興じたのであった。
 余談ではあるが、この後、ヒミカとエスペリアは暫くの間高所恐怖症に陥っていたとの事である。