スピたん~幻のナナルゥルート~

3章 何が為の強さ


あの時。ロティ様の言った「強くなろう」と言う言葉。
それを聞いてからなぜか思い出したのは過去の戦争の時代の事。
初めの頃、己の意思で強くなりたいと思いがあった。
ただ力量的な事でなく、己を保ち、明確な意思や理想を持ち
それが己を縛る枷とするのでなく己の誇りとして戦う力とする事。
戦いの事しか知らず、人がスピリットを使役して当然と思っていたが、
それでも「仲間を守りたい。そのために強くなりたい。」という確固たる意思はあった。
正義、自由、平和、侵略、開放、征服。
戦争を起こすお題目の意味など知る由もなく、自分が戦う事に何の不満も感じなかったが、
それでも仲間に死んで欲しくないと言う思いだけは確かにあった。
いつから感じなくなったのだろう。何故感じなくなったのだろう。
その答えは簡単だった。自分がそう望んだのだ。

あれから数日後。僕達はまた方舟から旅立ち、そして何とか目的を果たしてきた。
しかし、戦闘でのナナルゥの調子がおかしい。
本調子ではないと言うわけではない。けどまだ戦闘に支障が出るほどではないが迷いを感じる。
それは神剣に取り込まれる明確な可能性、それによる力を振るう事の躊躇か。
(・・・それだけじゃ、ないんだろうな。)
それと同時にエンレインに対する危機感や焦りというものもあるのだろう。
力がいるが、神剣に支配されてはいけないという対立する思い。
どうにかしたい。そう思っていた時、メロディが流れてきた。
音のする方向に歩いていくとナナルゥが公園の原っぱに座り、草笛を吹いている。
陳腐な感想だが、素直に綺麗な音色だった。公園に居合わせた人達も穏やかな顔で聞きほれている。
演奏が途切れたときを見計らってナナルゥの横に腰掛け、声をかけてみた。

「ナナルゥ」
「・・・隊長。」
「本当に上手いね、ナナルゥの草笛。僕も間近で聞いたのは初めてだったけど」
「ありがとうございます。精神状態を整える必要があると判断しましたので。」
ああ、そういえば草笛はそんな効果があるって言っていたんだっけ。
「・・・やっぱり、前に言った事で悩ませちゃったかな?」
「いえ・・・あれから少し・・・過去の自分を思い出したのです。」
「昔の・・・ナナルゥ?」
「はい。記憶もおぼろげですが、戦闘方法指南以外にもよくしていただいた先輩達や、
信頼しあえる同年代の同士がいたと認識しています。」
「へぇ・・・」
「今となっては判断は不可能ですが、決して不快でない時間があったと記憶してます。
戦いに駆り出される恐怖を抱え、だからこそ皆が戦争がないその時を楽しもうと努力していたと。」
それを語るナナルゥの顔が嬉しそうに見えたのは、多分気のせいではないだろう。
「しかし、戦争が始まり、初めて立った戦場で私に目をかけていただいていた先輩が私を庇い刃に倒れ、
よく模擬戦をしていた同僚が魔法を受け、目の前で死んでいったのを見て、力が欲しいと強く望むようになりました。
・・・そして、相手の命を奪う躊躇いも、消えていたように思います。」
守るため、仲間を死なせないための、勝つための、戦って相手を殺すための力。
間違ってるなんていえるはずもないが、そんなものを求めないといけない時代を悲しく思った。
「スピリットの神剣は持ち主の意思や思いを反映して、少しずつ形や性質を変えるものです。
『消沈』は私にあわせて力を与えてくれました。みんなを死なせたくないという私の思いを感じ取って。
・・・それでも、周りの仲間はどんどん倒れてゆきました。昨日まで共にいた者が、
互いに生き残ろうと語り合った者が簡単に消え、それに対して憤る暇もありませんでした」
「ナナルゥ・・・」
戦争と言う巨大な悪意の塊に一個人の思想など無に等しい。
戦争に余計な事を考えてはいけない。迷うものや考えるものは真っ先に死ぬ。
御伽話のような救いや奇跡などない。あるとしても信じ、縋る事など許されない。
それが現実。救いもなく情けもなく容赦もなく全てがある意味平等に死ぬ。
まともに戦争に関与しなかった僕でも肌に感じる残酷で、だけど確かな戦場での真理。

「いつしか無力感が諦めとなり、全てがどうでもいい、何ももう感じたくないという思念が浮かび、
『消沈』はそれに答え、感情というものを・・・消してくれました。」
「・・・」戦争の最中、己のあり方に堪えられずに自我を手離して神剣に取り込まれるスピリットは
少なくなかったと知っているが改めて聞くとやはりそれを当然としていた世界に憤りを感じた。
「ただ、かろうじて仲間を守るという意思が残り、それが支えとなって神剣に完全に取り込まれるのを無意識に防いでいた。
今ならそう判断します。『消沈』も私が拒んでいるのを感じたのか自我をひとかけらほど残してくれました。」
そう言って愛しそうに傍らに置いていた『消沈』の柄を撫でる。
それを見てどんな形であれナナルゥと『消沈』の間に強い絆があるのだと感じた。
「・・・私はその時も、今までも、仲間を守れるなら自分はどうなろうとかまわないと思っていました。
しかし、今は何故か、死に恐怖を感じます。・・・あのときの自分に、戻りたくはありません。
皆を守りたいという思いは変わらなくて、そのために今は戦わないわけにはいかないのに、
自我を失う事や死の恐怖が妨げになります。・・・迷いを抱えた状態であの開拓者と満足に戦える訳がないのに。」
・・・そうだったのか。ナナルゥは自分の中に芽生えた感情に戸惑っているんだ。
でも、おかしな言い方だけど僕はそれを嬉しく思った。
「・・・怖いと思うなら、それでいいんじゃないかな。」
「え・・・?」
「それが、感情というものだから。ナナルゥがそう思えたのならそれはとても大切な事だと思う。
そういう事はもっと表に出していってもいいんじゃないかな。」
「しかし・・・皆に余計な気苦労を背負わせてしまいます。」
「そうかな?ナナルゥが困ってたり迷ったりしてても隠そうとしてた方がみんな悲しいと思うよ。
ナナルゥがそういう風に自分の思っている事をいってくれたらきっと喜ぶ。
少なくとも、僕はナナルゥが話してくれて嬉しかったよ。」
「隊長が・・・ですか?」
「うん。ナナルゥの力になりたいと思ってたからさ。だから、ナナルゥが頼ってくれて嬉しい。」
「あ・・・私・・・は、その、なぜか、隊長には知って欲しいと・・・」

「あはは、ありがとう。・・・えっと、僕は戦争で直接戦っていたわけじゃないから
ナナルゥに対して大きな事は言う資格なんて無いかもしれない。
でも、戦う為とか守る為に怖さとか迷いを捨てる必要はないんじゃないかな。」
これは更にナナルゥを迷わせるかもしれない。だけど、どうしても言いたかった。
「むしろ強くなる為にそういった感情を手放すのはすごく危険な事だと思うんだ。
辛いかもしれない。何も考えずただ戦えば楽かもしれない。それでも考えて、
自分なりの答えを出す事ができたら・・・それがナナルゥ自身の強さになる筈だから。」
「・・・申し訳ありません。私には、よくわかりません。ですが、今しばらく、時間をくれませんか?」
「いいよ。こういう事はあせって答えを出すものじゃないしね。
それと・・・これからも何かあったとき、もしよかったら僕にも言って欲しい。
僕にできる事ならいくらでも力になるし、ナナルゥがどんな答えを出しても僕はナナルゥを応援するから。」
我ながら恥ずかしい台詞だけど本心からの思いだった。
どれほど傷つこうと仲間を守る力でありたいと願っているナナルゥを支えていきたい。
きっと僕は、そんなナナルゥが―
「・・・はい・・・。・・・あの、隊長。」
「何?」
「・・・精神状態に乱れを感じましたので・・・草笛を吹くことを許可いただけますか?」
「?・・・うん。じゃあ僕も聞いてていいかな?」
「はい。それでは、失礼します。」
少しナナルゥの態度が気になったけど、僕はナナルゥの草笛をじっくり聞かせてもらう事にした。
その横顔がわずかに赤く見えたのは、たぶん勘違い・・・だよね?