Twinkle fairies

二章:焚火を囲んで

 長く続いたラキオスと大公国との均衡は大公国の後退と言う形で崩された。
 この膠着状態に痺れを切らせていた軍部はここぞとばかりに進軍を嗾け、悠人たちは半ば押し切られる形で進軍を余儀無くされたのだった。
 大公国進攻の際のエスペリアの情報に拠れば、サモドア山道を下って直ぐにヒエムナとケムセラウトの二つの拠点が西と東に存在していた。
 当然、ここで大公国側が挟撃に持ち込んでくるであろう事が予想された。
 しかし驚くべき事に、両拠点を同時に陥落させ、それを首都キロノキロの進行の足掛かりとせよと言うのが軍部が課した指令であった。
 訓練の甲斐も有り何とか剣の基礎くらいは身に付けた悠人であったが、依然防戦に回る以外に戦う術が無いのが実情であった。
 結果、最も戦力の集中する大本営のキロノキロに続くヒエムナ砦をアセリア、エスペリア、オルファリル、ヒミカ、ハリオン、ナナルウが。
 背後のケムセラウトをネリー、悠人、シアー、セリアが攻略する事となったのだった。

「ユート様、ユート様っ!!喉渇いてない?お水だよ?」
「えっと、タオルだよ…。体を冷やすと良くないから…」
「あ、あぁ。有難う、二人とも。サンキューな…」
 陽も沈み始めた頃、ケムセラウトを目前に控えた悠人たちは小休止を取る事にした。
 やはり挟撃を画策していた予想は的中し、至る所でダーツィ軍の遊撃部隊に遭遇した悠人たちはその都度各個撃破を繰り返して進軍していた。
 悠人を中心に守りを固め、他の三人が敵の主戦力を潰していく。
 セリアはネリーとシアーの扱い方を熟知しており、お陰で悠人が指揮を執るよりも遥かに安全且つ確実に戦況を有利に進めていった。
 実際、ここ迄の快進撃はセリア無しでは有り得なかったと言っても過言では無い。
 成程、第一詰所のリーダーがエスペリアであるなら第二詰所のリーダーはどうやらセリアであるらしい。
 実に見事な手腕であった。

 そして、その優秀な参謀に悠人は何故か焚火を挟んで鋭いメンチを真正面から切られていた。
 よって、悠人は休憩に入ってから生きた心地―ではなく、かなり落ち着かない気分にさせられていたのであった。
「え~っと、セリア?」
「何でしょうか?ユート様」
「いや、その…。何かって言う程じゃないんだけど…」

「貴女が物凄く眼を飛ばしてくるので、僕は恐怖のあまり縮み上がってしまいそうなんです」

 そう言える程悠人は度胸があるわけでもなければ命知らずでもなかった。
 と、気が付けばネリーとシアーが閉口している悠人に愛想良く寄って来ていた。
「ユート様、疲れてない?ネリーが揉んだげよっか?」
「お腹空いてない?ユート様…」
 この前から何かと世話を焼きたがってくる二人に苦笑しつつ、悠人はやんわりと断った。
「いや、俺は平気だけど…。それより、二人の方が休めてないんじゃないのか?あと少しでケムセラウトだろ?
敵が死守する砦が一番手強いんだから、今の内にしっかり休んでおけよ?『求め』も近くに危険な気配はないって言ってるし。
いざとなったら俺のシールドの中に非難すれば大抵の攻撃は防げるからな」
 そう言い、ユートは二人の頭をくしゃくしゃと撫でてそのままぺたんとお座りさせた。
「あうぅ…」
「うむぅ…」
 不満そうでもあり何処か嬉しそうでもある表情を浮かべ、ネリーとシアーは撫でられた頭を押さえて悠人を上目遣いに見ていた。
「大丈夫だって、今日は殆ど守ってばっかりでそんなに疲れてないし。それに、俺より二人の方が活躍してただろ?明日は今日以上に大変になるんだから、しっかり休んで疲れを取る事」
 そう言うと悠人は野営用の外套で二人を手際よく包み、二人の頭を太腿の上に乗せた。
「はわわ…」
「あわわ…」
 最初は面を食らった二人であったが、悠人が二人の頭を撫で始めると途端にされるが儘になってしまった。
 しかし悠人の手に安心したのか、やがて焚火の爆ぜる音と安らかな寝息が聞こえ始めた。
 二人の寝顔に微笑む悠人のそんな様子を、セリアは黙って眺めていた。

 少数であったにも関らず、悠人たちはケムセラウトを陥落する事に成功した。
 神剣魔法を悉く無効化するセリアたち青スピリットたちに対し、ダーツィ兵は白兵戦で応じざるを得なかった。
 一方、堅牢な防御と神剣魔法の援護によって攻撃を前面に押し出す事の出来た悠人たちは瞬く間に敵を蹴散らしていったのだった。
 そして、ケムセラウトを陥落するや、悠人たちは急遽転進してエスペリアたちと合流すべくヒエムナへと向ったのであった。

「っくしゅ!!うゃ…」
「あぁ、全く…。肌蹴てるっての」
 寝ているネリーの乱れた野営用の外套を整え、悠人は苦笑しながらそんな事をぼやいた。
 反対側では同じ様に外套に包ったシアーが静かな寝息を立てて眠っていた。
 昼間は獅子奮迅の活躍をしてくれていた二人だが、やはり相当に疲れが蓄っていたのだろう。
 日没と同時に野営を張り始めたが、夕餉を済ませた二人は悠人を挟む様にして直ぐに眠ってしまった。
 実を言うと悠人も床に就きたかったのだが、先程から(悠人の主観であるが)凍てつく様な視線が突き刺さってきて眠れそうになかった。
 パチパチと爆ぜる焚火。その向こう側で、セリアが悠人たちをじっと眺めていた。
「え~っと、セリア?」
「はい。何でしょうか?」
 悠人の呼び掛けには応えるものの、色の見えない声音と表情が悠人の勇気を容赦無く削り落していく。
 しかし、ここで引いてはセリアからの信用は得られない。何故かそう感じた悠人は決死の覚悟で言葉を絞り出したのだった。
「以前に俺の事は信用出来ないって言ってたけど、やっぱり今もまだ信用出来ないかな?」
 悠人の質問に、セリアは少し言葉を考えた。
「そうですね…。どちらかと言うと、ユート様はまだ力不足です」
「そっか、まだまだか…」
 出てきた言葉は決して良い言葉ではなかった。
 しかし、セリアの率直な意見に場都(ばつ)の悪い笑みを浮かべたものの、同時に悠人は何処か強い意志をその瞳に灯していた。

「今日は有難うな、セリア。二人が大した怪我も無く戦えたのもセリアのお陰だろ?
今の俺は守る事で精一杯だから、セリアがいてくれて随分助けられたよ」
「べ、別に礼を言われる様な事ではありません。
ユート様の補佐をする様にエスペリアからも言われましたし、私は只自分の仕事をやっただけですから…」
 悠人の真剣な表情と謝礼に、セリアがやや視線を泳がせた。
 焚火に浮かぶセリアの頬にはやや赤みが差さっていたが悠人はそれに気が付かなかった。
 たとえ気付いたとしても悠人にはそれが焚火の所為だと考えるのであろう。
 それが幸か不幸かはセリア本人にも判らなかったが、そんなセリアの考えなど知らず、悠人は破顔して微笑み掛けた。
「それでも、やっぱりセリアには感謝してるよ。もう、スピリット隊の皆は俺にとって家族みたいなモンだからさ」
「家族ですか…?」
 悠人の言葉に、セリアは思わず鸚鵡返しに訊き返した。
「あぁ。だから、セリアには有難うって言いたいし、迷惑掛けて済まないって思ってるんだ」
 そう言いながら、悠人は両側で寝ているネリーとシアーの頭をそっと撫でた。
 寝ていても悠人に撫でられたのが判るのか、撫でられた二人は幸せそうな寝顔を浮かべた。
「ユート様は確かに今は力不足ですが、時間があればきっと強くなれると思います。
ですから、今は無理をなさらずにユート様が出来る事だけをなさって下さい。
ユート様にもしもの事があればカオリ様は勿論、そこで寝ている二人もとても悲しむと思いますから」
 そう言って悠人に頭を預けて眠る二人を見るセリアの瞳が、悠人には以前よりずっと優しく感じられた。
 気位の高い印象を受けるセリアだが、本当は優しい心の持ち主なのだろうと悠人は思った。
 時に厳しいセリアの言葉であるが、不思議とそれが受け入れられるのはその言葉に優しさを感じるからなのだろう。
「セリアはやっぱり二人のお姉ちゃんなんだな」
「そうね、手の掛かる妹たちだけど…」
 砕けた口調のセリアを聞いて、悠人はその柔らかな響きに目を細めた。
 本当のセリアの言葉を聞いた気がして悠人は少し嬉しくなったのであった。