Twinkle fairies

二章:姉と妹たち

「セリア、さっきから何してるの?」
「背中が洗い難いなら、シアーたちが手伝うよ?」
「きゃあっ!?」
 背中から声を掛けられ、セリアは思わず声を上げた。
「わわっ!?」
「びっくりした~」
 声に驚いた二人は目を丸くしてセリアを眺めていたが、二人のそんな態度にセリアも咳払いで仕切りなおし、改めて二人に向き合った。
「急に声を上げたりして御免なさい。ちょっと考え事をしていたものだから…」
 何でも無い、と言う様にセリアは流した。
 悠人に裸を見られたのが気になり自分の体をチェックしていた、なんて事はセリアからしてみれば全然無い。
 が、それでも一応誤解を受けない様に振舞うのも先輩スピリットとしての義務なのである。そうセリアは自分に言い聞かせた。
「?まぁ、良いや。ところで、セリア。ネリーたち、ちょっと訊きたい事があるんだけど良い?」
「シアーたちで考えてみたけど、やっぱり良く解らなかったの…」
「何?私に答えられる事なら良いんだけど…」
 知らない事、分からない事は年長のスピリットに質問する。
 基本的に戦闘知識しか教育を受けないスピリットたちは、そうやって他の知識を得るのが慣習になっていた。
 何かと二人の目付け役に回る事が多いセリアは同時に色々な事を教える機会も多く、今では相談役にもなっていた。
 今度は一体何を訊かれるのやら。濡れた髪を掻き上げてセリアが待っていると、ネリーが早速質問を投げかけてきたのだった。

「んとね、セリアはユート様に裸を見られて恥ずかしかった?」
「当たり前でしょうっ!!」
 ネリーの質問にセリアは間髪容れずに叫び返した。
 先の光景がフラッシュ・バックし、沈静化していた羞恥心が再燃したセリアは耳まで真っ赤になっていた。
 しかし、そんなセリアの様子を見てもネリーとシアーは不思議そうに首を傾げるばかり。
 そんな二人の様子を見てセリアは一人得心して思わず目を覆うのだった。
「えっとね、ユート様がネリーたちに恥じらいを持った方が良いって言ってたんだけど…」
「シアーたち、恥じらいが無いのかなぁ?セリア…」
「え~っと、一応二人ともユート様の前ではちゃんと体を隠していたのね?」
 セリアの問いに、二人はしっかりと頷いた。そんな二人の反応に、セリアは安堵の溜息を吐いた。
「ユート様がちゃんと隠さなきゃいけないって言ってたからちゃんと隠したよ」
「あと、くっ付いちゃ駄目って言われたからその通りにもにしたよ」
「判ったわ…。要するに言われる迄そうしてたのね、貴女たち…」
 セリアは頭を抱えたくなった。
 無防備どころではない。悠人が紳士で良かったと心から思った。
 尤も、風呂場で遭遇する紳士と言うのも相当アレであるが…。
「ねぇ、セリア。セリアは何でユート様に裸を見られて恥ずかしかったの?」
「そ、それはユート様は男の人だもの。恥ずかしくもなるわ」
「でも、シアーたちは恥ずかしくなかったよ?やっぱり、シアーたちって恥じらいが無いのかなぁ?」
「ねぇ、セリア。恥じらいってどうやって持つの?教えて」
「こう言うものは持とうと思って持てるものじゃないし、気が付いたら備ってるものだから教わってどうこうできるものじゃないのよ」
「そうなんだ?」
「じゃあ、シアーたちはどうすれば良いなのかな…?」
 悠人に持てと言われた羞恥心を直ぐに持てない為か、二人は不安そうな顔でセリアを見上げてきた。
 そこにいるのはいつものお転婆な二人ではなく、慕う姉に縋ってきた悩める可愛い妹たちであった。

 確かに、最近の二人は可愛くなった。それは容姿に限らず、こう言う弱さが見え隠れするところもであろう。
 だが、その弱さをセリアは否定する気にはならなかった。
 誰かと接して成長していく上で、その弱さは価値があるとセリアは信じていたし、何よりその弱さは同時に素敵な可能性の種でもあるのだ。
 ならば、自分は種が芽吹く様に応援したいと思う。
 セリアは額に手を添え、良い助言を探して思案を始めた。
「そうね…。貴女たちが解りたいと思うなら、ユート様と私たちの違いを比べてみたらどうかしら?」
 セリアの言葉にネリーとシアーは驚いた顔をした。
「あのね、セリア。ユート様も、ユート様とネリーたちは違うって言ってたの。
 あ、違うって言っても人間とかスピリットだとかって言う意味じゃなくて、ユート様は男の人で、ネリーたちが女の子って意味だよ?」
「解ってるわ。あの人が人間だとかスピリットだとかに拘る様な人じゃないのは皆知ってるもの。
それで、ユート様はその違いについて何て言っていたの?」
「え~っと、その違いが無くなると、シアーたちがユート様と一緒にお風呂に入ってもそれは他の皆とお風呂に入るのと変わらないって」
 シアーの説明を聞いて、セリアは悠人にしては何気に含蓄のある事を言ったものだと感心した。
 その一方で、多分本人も解っていないだろうと言う予想もしていた。
 解っているのなら、もっと解り易く二人に説明していた筈である。
「成程ね…。ユート様が仰っていた意味だけど、これは実感しないと理解できそうにないから多分私が言葉で教えても意味が無いと思うわ。
でも、言葉で捉えるよりも貴女たちは想像して理解した方が良く解ると思うわ」
 言っては何だが、二人は深謀遠慮と言った思考は不向きであった。戦闘での咄嗟の機転は良いのだが、大局を見据えた様な立ち回り等は完全に無理である。
 ましてや男女の機微など理解するには経験と知識が絶対的に少な過ぎていた。
 尤も、男女の遣り取りなどセリア自身も殆ど無いのであるが。

「それじゃあ、先ずは簡単なところからいきましょうか。二人は別に私や他の皆と一緒にお風呂に入っても何とも思わないでしょ?
まぁ、皆で入れば賑やかになるかもしれないけど、そんなところね」
 セリアの言葉にネリーとシアーが頷き、セリアはそれを確認した。
「じゃあ、今度は貴女たちがユート様と一緒にお風呂に入ったとするわ。
勿論、お互いに体は隠してるし、抱き付いたりしないわ。良いかしら?」
「セリア、ユート様と同じ事言ってる」
「何で?」
「私もユート様も恥じらいを持っているからよ。それが知りたいのなら私の話を聞いて頂戴」
「うん、分かった」
「頑張る」
 気を取り直し、セリアの説明が更に続く。
「話を戻すわね。それで、二人にとってユート様と一緒にお風呂に入るのは私たちとお風呂に入るのと同じかしら?」
「え~っと…」
「う~ん…」
「考えなくて良いから、想像してみて」
 セリアの言葉に従い、二人は懸命に想像力を膨らませた。
 先程悠人との入浴を思い出しながら、そこに生じる差異を感じ取ろうとしていた。
「ユート様はどんな感じだったの?仕草や体付きとか、本当に皆と同じだったの?
それに、貴女たちを見たユート様はいつもと全然違ってたでしょ?」
 流石に言っているセリア自身も恥ずかしくなってきたが、二人の頬が少し紅潮している辺りその甲斐はあった様である。
 湯に浸かっていない二人の紅潮は、決して湯中りの所為では無いだろう。

「それに、多分ユート様も貴女たちを見て意識してたかもしれないわね。二人とも、ユート様に女の子って意識されるのはどんな気分かしら?」
 その言葉で、二人の顔にさぁっと朱が差した。
「わ、わ、わ?ネリー、すっごいドキドキしてきたかも…」
「シ、シアーは、ちょっとクラクラしてきたの…」
 胸に手を当て、高鳴る自分たちの鼓動に戸惑い始めた二人を見て、セリアは漸く一息吐いた。
(いきなり男と女の関係に発展されても困るけど、ユート様なら多分大丈夫よね?)
 悠人に性格からして、相手の無知に付け込んだり無理矢理迫ったりする事は無いだろう。
 まぁ、逆に二人から強引に迫られたら流されてしまいそうな可能性が無きにしも在らずではあるが。
 しかし、今は二人が悠人を意識してくれれば御の字であろう。必要な知識は二人の成長に合わせて教えれば良い。
 折角スピリットは往々にして耳年増であったりするのだから。
(とは言っても、私も経験が豊富ってわけでもないのだけど…)
 目の前で赤くなる二人を、セリアは少し眩しげに眺めるのであった。