Twinkle fairies

二章:三人でデート

 ルカモの月、黒一つの日。
 ラースから攻め上がったラキオス軍は怒涛の勢いでサルドバルド領内に進行し、アキラィス、パードバルドと瞬く間に次々に拠点を制圧。
 遂には首都のサルドバルドを陥落せしめるに至った。
 同盟国への裏切りの代償を、サルドバルド王国は滅亡と言う形で贖う事となったのだ。
 ラキオス王は北方五国の統一に酔い痴れ、国民の多くも戦勝の喜びに沸き返っていた。
 その後、首都のラキオスでは盛大な凱旋式が執り行われていたが、悠人たちスピリット隊はスピリット施設での待機が命じられていた。
 所詮はスピリット。
 彼女たちが戦争で戦う事が当たり前と考えている人間たちにとって、称えられるべきは命令を下した人間でありスピリットはその為の道具でしかないのだ。
「わ~、見てみてユート様!!何か凄いよ!?」
「ち、ちょっと待てって、ネリー!!こんな所で飛んだら目立つから!!」
「ユート様~っ、ネリーっ!!何処なのぉ…。グスっ…」
「あぁ、シアー、こっちだぞー!!って、ネリー、戻って来~いっ!!」
 そんな中、待機中の三人は何故か凱旋式の人混みの中にいたのであった。

「やっと、佳織が戻ってくる…!!」
 自室の窓から城を眺め、気持ちを抑えきれずに悠人は呟いた。先日のサルドバルド制圧の功績が認められ、悠人は晴れて佳織と一緒に暮らす事が許されたのであった。
(でも、レスティーナが口添えしてくれるなんてな…)
 佳織の解放。その申し出を提案したのは何とレスティーナであった。
 当然、最初は難色を示していたラキオス王であったが、提案者であるレスティーナ本人がその巧みな弁舌で以ってこれを説得したのだった。
 勿論、悠人に対して釘を刺す発言もあったのだが、今思えばそれは悠人に制約を課すと言うよりもラキオス王を納得させる為のものであったかもしれない。
 レスティーナの意図する所までは悠人には解らない。だが、佳織が返ってくる。それが純粋に嬉しかった。
 一応、待機を命じられているものの実際今日はスピリット隊の休日となっていた。
 中には凱旋式に出席する要人の護衛を命じられて任務に就いている者もいたが、技術も知識も乏しい悠人にその任が回ってくる事は無い。
 よって、朝食を終えた悠人は暇を持て余す事となっていたのだった。
「ユート様、居る~?ネリーだよ~」
「シアーも来たよ~」
 ノックの音に続いて、そんな二人の声が聞こえてきた。悠人はベッドに腰掛けると二人を部屋に招きいれた。
「開いてるよ」
「うん、じゃあ入るね」
「お邪魔しま~す」
 弾んだ声を出して扉を開け、ネリーとシアーは悠人の前にやってきた。
「どうしたんだ?二人とも何か嬉しそうだけど」
 二人の様子を見た悠人がそう言うと、それを待っていたとばかりに二人は大きく破顔して悠人の隣に腰掛けた。

「えへへ~。ユート様は今日はお休みなんだよね?」
「シアーたちも今日はお休みなんだよ~」
 そのまま悠人の腕を両手で抱いて、二人は期待に満ちた目で見上げてきた。
「この前、ネリーたちユート様と一緒にお出かけするって約束したもんね~」
「だから…。ね?ユート様」
 二人の言葉に、悠人は以前の約束を思い出した。確かに、果たすなら丁度良い機会かもしれない。
「今度の休みの日に一緒に街に遊びに行こうって約束だっけ?」
「そうそう、それっ!!」
「わくわく…」
 悠人は二人から離れてベッドから立ち上がり、学生服の上にいつもの外套を羽織ると二人に向き合って張り切った表情を見せた。
「よし、じゃあ遊びに行くか。今日はお祭りだから一杯楽しもうな」
「やったぁ~♪」
「わぁい♪」
「ととっ!?えっと、二人とも…。これじゃ、遊びに行けないんだけど…?」
 抱き付いてきた二人を受け止め、悠人は苦笑しながら二人の頭を撫でた。
「えへへ~♪」
「~♪」
 今日は楽しい事が確定。
 そんな零れんばかり二人の笑顔であった。

「あらあら~、いらっしゃいませ~。あら?」
 来客を告げるカウ・ベルの音に呼ばれて現れたエプロン姿のハリオンは珍しく驚いた表情を浮かべていた。
 常連の客と一緒に訪れた客は彼女の良く知る人物であったが、ここで会うのは初めてであったのだ。
「やっほ~、ハリオン」
「また来たよ~」
「あらあら~、今日はお二人ともご機嫌ですね~」
 常連である二人に挨拶を済ますと、ハリオンはその後ろに立っている客に向けてにっこりと微笑んだ。
「ユート様も、ようこそいらっしゃいましたね~。お姉さんは嬉しいですよ~」
「いや、俺なんかが来て迷惑じゃないか?こう言うお菓子屋とかあんまり入った事無いから、いまいち勝手が分からないんだけど…」
 以前に来た店であるとは言え、悠人には矢張り緊張が隠せないでいた。
 お菓子屋等の女の子や子供が多く出入りする店に悠人は殆ど免疫が出来ていなかった。
「いえいえ~。ユート様も可愛いですし、私は全然気にしませんよ~?」
 果てしなく解釈に困る返事をされ、悠人は笑うしかなかった。
 どうせ今日は二人付き合うのだ。ならば、とことん付き合うまで。悠人は腹を括って楽しむ事にした。
「ところで~、ユート様~?」
「何だ?ハリオン」
「今日は三人でデートですか~?」
「で、デート!?」
 ハリオンの発言に、ユートは思わず叫び返していた。
 当然、そんな言葉に反応した悠人に興味を覚えた二人は素直に質問を始めてしまうのだった。
「ユート様、『でーと』って何?」
「教えて欲しいな…」
「えぇっ!?ハリオンじゃなくて俺に訊くのか?」
 (悠人にとって)まさかの二人の質問に、悠人は思わずたじろいだ。
 悠人はハリオンに視線を向けるも、本人は「あらあら、頑張って下さいね~。ユート様~」と胸の前で指を組んでニコニコと佇んでいた。
 どうやら完全に悠人に任せるつもりであるらしい。

 確かに、悠人とネリーとシアーの今の状態をデートと呼べばデートと呼べなくも無いであろう。
 と言うか、デート以外の何物でも無い。
 しかし、改めてデートと認識してしまうと悠人としては気恥ずかしいモノがあるのである。
 如何に伝説と謳われようと、悠人の中身は年頃の少年なのであった。
「そ、そうだな…。仲の良い人や仲良くなりたい人と一緒にご飯を食べたり遊んだりする事かな?」
 当たり障りの無い、無難な、悪く言えばヘタレなその答えであったが、ネリーとシアーは悠人の答えに大きく満足した様であった。
「へえ~。じゃあ、ネリーたちはユート様とでーとしてるんだね」
「でーと…。どきどき…」
「いや、まぁ…。そうだな…」
 面と向かってそう言われると恥ずかしい悠人であったが、それでも悪い気がしないのは目の前で頬を両手で覆いながら表情を綻ばせて喜んでいる二人のお陰であろう。
 何だかんだで二人はとびきりの美少女であるし、そんな二人の素直な幸せそうな仕草を悠人はやはり可愛いと思ってしまったのだった。
 と、店の奥から香ばしい匂いが漂い始め、続いて店内に向かって足音が近付いてきた。
「ハリオン、今お菓子が焼き上がったんだけど、並べるのを手伝ってくれな―。え…?」
 聞こえてきたその声に悠人は驚いた。
 尤も、驚いたのは向こうも同じらしく、悠人の姿を見るや菓子を乗せたトレイを持ったままその場に立ち尽くしてしまっていた。
「ゆ、ユート様…?」
「ひ、ヒミカ?」
 確認し合う様に、二人は互いを呼び合っていた。

「え?ちょっと、嘘?何でユート様がここに?」
「いや、今日はネリーとシアーと遊ぶ約束で…。って、何でヒミカがここで働いているんだ?」
「えっと、ハリオンがここで修行させて貰い始めて、そうしたら私も一緒に誘われてまして…」
 悠人に質問にヒミカは俯きながら答えた。いつものハキハキとした彼女らしくない、どこか歯切れの悪い話し方である。
「に、似合いませんよね?こんな格好…」
 ヒミカはトレイを台に置くと恥じる様に両肩を抱いた。
 しかし、ヒミカのエプロン姿は意外にでもなく普通に似合っており、如何にも菓子屋の娘と言った具合であった。
 普段が優秀な戦士であるヒミカだが、こう言った女の子らしい格好をすると物凄く似合う。
 それがヒミカであった。
 だからであろう、悠人は思った感想をそのまま口に出していた。
「いや、似合ってると思うぞ?やっぱりアレだな、女が家事しろなんて思わないけど、そう言う女の子らしい格好してるヒミカは可愛いんじゃないか?」
「はいっ!?」
 悠人の素直な感想に、ヒミカは信じられないと言った表情で悠人を見た。
「あ、アレ?俺って、何か変な事言ったのか?」
 そんなヒミカの反応に思わず悠人は焦った。鈍感だのデリカシーが無いだのと幼馴染みの言葉がやけに耳に甦ってしまう。
 しかし、ハリオンは「違いますよ~」と、悠人に微笑んできた。
「うふふ~。ユート様~、ヒミカは自分の事を女の子っぽくないって思っているので~、照れちゃってるんですね~」
「ちょっ、ちょっとハリオン!?」
 思わず声を上げたヒミカだが、悠人の視線に気付くと更に赤くなって俯いた。

「いえ、その…。やっぱり、私なんかがこんな格好してもやっぱり中身まで変わるわけじゃないですし…。
何より、自分がどんなのかは自分が良く知ってますから…」
 自虐的な笑みを浮かべ、ヒミカは更に言葉を続けた。
 普段は快活な彼女であったが、どうやら負の感情に取り憑かれると際限無しに沈んでいく性格なのかもしれない。
「性格だって、こんなですし…。体付きだってハリオンみたいでもなければ、他の子みたいにちっちゃくて可愛いわけでもないですし…」
「そうなのか?」
 悠人は首を傾げながらヒミカを見ていた。
 そのあまりにも自然な、どうして?と言う様な純粋な疑問を含んだ悠人の視線に、今度はヒミカが理解出来なかった。
「え…?ですから、私がどんな格好しても女らしくならないって事ですけど…」
「?」
 ヒミカが説明するものの、悠人は依然として、否、更に難しい表情を浮かべるばかりであった。
「いや、ヒミカって普通に女の子っぽいと思うぞ?」
「そ、そんな事ありませんっ!!」
 全力で否定してくるヒミカに、悠人は簡単な問題に梃子摺る優等生でも見るかの様な、不可解なものを見る目でヒミカを見た。
 何故、此処まで頑ななのだろうか。
 悠人にはわけが分からなかった。
「ところで、コレってヒミカが作ったお菓子なのか?」
 解らない事を考えても仕様が無いと諦めたのか、悠人はヒミカの持ってきた焼き菓子を指差した。
「えぇ、まぁ、そうですけど…」
「じゃあ、一個貰うな?ハリオン、代金はコレで足りるかな?」
 焼き菓子を一つ取り、悠人はポケットからルシル硬貨を一枚取り出してハリオンに手渡した。
「はい~。でも、これならあと二つ買えちゃいますね~」
「そうか?じゃあネリーとシアーに頼むな」
「分かりました~。では二人とも~、ヒミカの焼きたてのお菓子ですよ~」
 焼き菓子を二つ手に取ると、ハリオンは悠人の後ろの二人に運んでいった。

「あ、ありがと…」
「し、シアーも有難うなの…」
 二人に菓子が行き渡るのを確認すると、悠人は早速ヒミカの焼き菓子を囓ってみた。
「うわ、これは美味いな…」
 陳腐な感想だが、悠人にはこれ以上の褒め言葉を思い付けなかった。
 少し堅めの焼き菓子だが、歯応えが実に楽しい。
 甘味は蜜であろうか。噛む程に控えめな甘さが広がっていき、芳香が鼻腔から上品に抜けていく。
 菓子には疎い悠人でも、このヒミカの焼き菓子が相当なものである事が理解出来る程の逸品であった。
「ヒミカはとっても火の加減が上手で~、良く釜の番も任されるんですよ~」
 ハリオンのその言葉に、悠人は得心の表情を浮かべた。これ程上手に焼き上げるのならば確かに文句は無いだろう。
「そ、そんな。私なんてそれくらいしか出来ませんし…。それに生地作りや味付けなんかまだまだで…」
「それでもこの焼き具合は凄いと思うけどな?それに、釜の番なんて余っ程信用されてなきゃ任されない事なんだろ?
それだけ凄いんだよ、ヒミカは」
 ヒミカの頬に朱が差した。
 ここまで面と向かって褒められては何と返せば良いのか見当も付かなかった。
「ヒミカって料理も上手なんだな。結構気が利くとこもあるし、謙虚さはあるけど芯はしっかりしてるし。
女の子らしいって言うよりは、普通にお嫁に行けそうだよな」
「お、お嫁さん!?」
「あらあら、良かったですね~ヒミカ」
 ヒミカに対する悠人の評価を聞いて、ハリオンは自分の事の様に喜んだ。
 彼女がいくらヒミカを褒めても何故か恨めしそうな視線を返されてしまうのがいつもの事であった。
 しかし、脳と口の神経が直結している悠人の言葉ならヒミカも受け取らざるを得ないのだろう。

「で、でも。家事なんてやれば誰でも出来る様になりますし…。いくら女らしく振舞っても、私は女らしくなれないんです…」
 長年の悩みとはそう簡単に払拭させてはくれなさそうである。
 だが、そんなヒミカの気も知らず、幼馴染みからの散々な評価が不当な評価ではなかったのが悠人なのであった。
「でも、俺は女の子らしくなりたいって思っている女の子以上に女の子らしい女の子はいないと思うけどな?
その点から言えば、ヒミカが一番女の子らしいんじゃないかな?」
 その言葉にヒミカが、そして悠人には見えないが背後の二人が大きく反応した。
「ヒミカ~。ユート様はちゃんとヒミカの事を可愛い女の子って思ってくれてますよ~」
「ハリオン、その、そう言う言い方されると俺が恥ずかしいんだけど…」
 ハリオンの言葉に悠人は頬を掻いた。軽薄だと思われたくないと言うのもあるが、悠人自身、異性を意識するのも、それを悟られるのも抵抗があった。
 親友の生臭坊主を思い出し、よくもまぁこんな事を堂々と主張していたものだと悠人は感心半分呆れ半分になる。
「え?そんな、ユート様が?だって、私は…」
 何やらブツブツと呟いていたヒミカであったが、悠人と目が合うや一気に耳まで赤くなった。
「わ、私、次の仕込みがありますのでし、失礼しますっ!!ハリオン、そのお菓子並べといて!!」
 目を泳がせ、ヒミカは転がり込む様に厨房へと消えていった。普段は姉御肌のヒミカであったが、心は何処までも純情乙女なのであった。
「あらあら、ヒミカは恥ずかしがり屋さんですね~」
 微笑むハリオンを見ながら、悠人は大きく肩で息を吐いた。
 そんな悠人たちの光景を眺めながら、
「う~…」
「むぅ~…」
 ネリーとシアーはヒミカの焼き菓子を囓っていたのだった。