Twinkle fairies

三章:本気の証

 聖ヨト歴331年チーニの月緑ふたつの日。
 ラキオス王国が神聖サーギオス帝国からの襲撃を受け、七日が過ぎた。
 ラキオス王を筆頭に多大な犠牲を支払わせられたラキオスにおいて、打倒帝国は最早国是となっていた。
 レスティーナは第一王位継承者として即位を宣言し、大多数の熱狂的な国民の支持の下、ラキオス女王として玉座に就いた。
 しかし、若き女王にとって王の冠を頂く事は同時に新たな苦難の始まりでもあった。
 圧倒的な支持があるとは言え、スピリットの解放とエーテル技術の永久放棄を謳う彼女の理想は余りにも崇高に過ぎた。
 当然だと享受していた生活の豊かさを未来の為に放棄する。
 その苦痛は容易く受け入れられるものではなかったが、レスティーナは敢えて国民に強要はしなかった。
 理想とは掲げるものであり、押し付けるものではない。
 各地での遊説では反対派の批判と真っ向から議論し、レスティーナはその悉くを見事な弁舌と明確な論拠を以って論破していった。
 その姿に、国民が一人また一人とレスティーナの理想を胸に抱き始めていったのだった。

「ふぅ…」
 今日の政務を終え、自室に戻ったレスティーナは漸く一息吐いた。
 覚悟していたとは言え、想像以上のその激務に良くぞ耐えられたものだと自分に感心してしまった。
 軍備拡張をエスペリアが担当して負担を軽減してくれなければ、間違い無く過労で倒れていただろう。
(ですが、各地を遊説した効果はあった様ですね…)
 椅子に腰掛け、レスティーナは今回の遊説に確かな手応えを感じていた。
 勿論、掲げる理想を浸透させる事もあるが、それと同等に重要な目的をも兼ねていたのだ。
(恐らく、いえ、必ずや私に反乱を起こす者たちが現れるでしょう…)
 目星の付いた者たちには既に間者を放ち、不隠な動きがあれば逐次報告が来る様に仕向けていた。
 無論、あちらも間者をこちらに放っている様だが、権謀術数の中に生れ落ちて今まで生きてきたレスティーナがそう易々と醜聞を晒す事は無かった。
 緩やかではあるが、レスティーナは自分の理想が皆の中で大きく動き始めていると言う確信があった。
 そして、政界での反対派について、レスティーナは敢えて彼等の議席を保障していた。
 主義の違いと言うだけで爪弾けば為政者として信頼を失うと言う事もあったが、何よりも彼等の批判は国民の抱く不満そのものでもあったのだ。
 彼等に納得のいく回答を突き付ける事は、そのまま国民への誠意の表れとなる。
 国民の信頼を得る一方で、レスティーナは確実に反対派の首を真綿で絞めていった。
(あと少し…。そうすれば、旧王党派も一掃出来るでしょう…)
 帝国に勝つ為には、国を磐石なものにしなければならない。
 今は、じっと耐えるしか無いのだ。
 理想を実現させる為に。
 悠人への誓いを果たす為に。
(カオリ、待っていて下さい。必ずや、貴女を帝国から救い出してみせます…)

 と、
 くぅ…
「………」
 女王の私室に、控えめな音が響いた。
(そう言えば、遊説中は全然ヨフアル食べられなかったよ~…)
 ぷるぷるぷるぷる…
 禁断症状が出たのか、椅子に凭れたヨフアル中毒者が小刻みに震えだした。
(う~ん…。流石に命を狙われてるし、今迄通りにお城を抜け出して買いに行くワケにもいかないって言うのは解ってるんだけどね~…)
 冷静な頭が今の自分の置かれている状況を正確に判断していた。
(でも、だからこそ買いに行くって言うのはある意味ヨフアルへの証立てだと思うんだよね~…)
 エーテル技術を永久放棄する覚悟は出来ても、ヨフアルだけは諦められない様である。
「レスティーナ様~?」
「入っても良い――、じゃなかった、宜しいでしょうか~…?」
 扉を叩く音と共に聞こえてきた声に、王冠に伸ばしていたレスティーナの手がピタリ、と止まった。
「許可します。入りなさい…」
 瞬時に佇まいを正して入室を許すと、扉を開けて紙袋とお茶を持った双子のスピリットが現れた。
(――っ!?この匂いはっ!?)
 室内に漂ってきた匂いに、レスティーナの嗅覚が激しく反応した。
「えっと、こっちから出向く時は何か包んで行くと喜ばれるって前にセリアに言われたんだけど…」
「ネリー。そんな言い方しちゃダメだよぅ…」
 紙袋を手渡すネリーのあんまりな言い方にシアーが思わず口を出したが、既に女王の意識は紙袋の方に集中していてそれ処では無かったりする。
「あぅ、そだった…。えと、レスティーナ様。これ、街で売ってるネリーたちが好きなヨフアルなんだよ――、じゃなかった、ヨフアルです」
「街でも評判のヨフアルで~――、レスティーナ様…?」
「はっ!?」
 紙袋を凝視していたレスティーナであったが、二人の視線に気が付くと、こほん、と咳払いで仕切り直して改めて二人に向き合った。

「それで、二人は何か私に用が有って来たと言うわけですね?」
「うん――、じゃなかった。はい、そうです」
「どうしてもしたいお話が有って来ました」
 慣れない敬語に吃りながら、二人はヨフアルの詰まった紙袋を献上した。
(やぁぁあぁったぁぁああぁっ!!久し振りのヨフアルがきたよぉおぉぉっ!!)
 表面上は平静を装いながら、レスティーナが品良く二人からの土産を受け取った。
「折角ですから、使いの者にお茶の準備をさせましょう」
「はわわわわっ!?」
「えぇっと…。シアーたちがやるから、大丈夫だ――、ですから…」
 そんなレスティーナの言葉に何故か慌てだす二人であったが、それでも二人はテキパキとお茶の準備を整えた。
「では、本題に入りましょうか」
 シアーから差し出されたカップを受け取りながら、レスティーナはテーブルを挟んで二人に尋ねた。
「どうぞ、座って結構です」
「はい…」
「…」
 レスティーナが促すと二人はおずおずと椅子に腰を下した。
「えっと、レスティーナ様…」
「何でしょう?」
 ネリーの言葉を真っ直ぐに受け止め、レスティーナがその紫の瞳で見詰めた。
 その透き通った、心も見通す様なその雰囲気に一瞬呑まれそうになったが、ネリーは発起するとその蒼い瞳にレスティーナを映して口を開いた。
「あ、あのね。ネリーたちはスピリットだけど、人間を好きになって良いの――、ですか…?」
 その質問に、レスティーナ目が少し開いた。
「え、えっと。その…」
「続けなさい…」
 レスティーナの態度に瞳が揺れたネリーであったが、その言葉に従って再び勇気を出した。

「ネリーたちはスピリットだから人間とは違うけど、それでも好きになっちゃったらどうすれば良いの…?」
「それはユートの事ですか?」
 二人はコクリ、と同時に頷いた。
 そして、次の瞬間に一気に耳迄赤くなった。
「って、どうして解ったの!?レスティーナ様っ!?」
「わわわわっ!!」
 慌てふためく二人を余所に、レスティーナはヨフアルを囓ると優雅に咀嚼して茶で唇を湿らせた。
 「いや、知ってるから…」と言う言葉を飲み込んで、レスティーナは「落ち着きなさい」と二人を宥めた。
「貴女たちはスピリットですが、それだけなのです」
「それだけ…?」
 シアーの呟きにレスティーナが首肯した。
「確かに、スピリットは人間とは違います。ですが、それがどれ程の意味を持つのでしょうか?」
 人間よりも優れた能力や容姿を備えたスピリットたる彼女たち。
 確かに、兵器として利用される彼女たちは脅威であろう。
 だが、心ある彼女たちの本質は人間と何一つ変わらないとレスティーナは知っていた。
「貴女たちがユートを好いている事に、ユートが人間である事が関係ありますか?違う筈です。ユートだからこそ好きになったのでしょう?」
「うんっ」
「ユート様だから好きになったの…」
 誇らしく頷く二人を見て、レスティーナは目元に優しい光を灯した。
「では、ユートは貴女たちがスピリットである事を気にしているのですか?」
 その質問に、二人は大きく首を振って否定した。
「ならば、何も問題無いではありませんか」
「で、でも…」
「その…」
 尚も、食い下がる二人にレスティーナは何かを感じ取った。
「私とて、いつでも時間が取れると言うわけではありません。ですから、思っている事は全部この機会に言わねば次はいつになるか分かりませんよ?」
 意地の悪い言い方かもしれないと思ったが、二人の想いの先を知りたいと思ったレスティーナは敢えて言葉を選んだ。

 そして、その言葉に釣られた二人の頬は見るからに茹だっていた。
「ネリーたち、ユート様のお嫁さんになりたい…」
「ユート様と、結婚したいな…」
 りんご~ん、とレスティーナの頭の中で福音の鐘が鳴った。
 花嫁衣裳に身を包んだネリーとシアーに囲まれた新郎姿の悠人。そして、彼等を祝福する親しい者たち。
 そんな光景が脳裏をよぎった。
 ついでに、泣いている者の涙の意味は各々の解釈に任せておく。
「えっと、レスティーナ様…?」
「やっぱり、ダメなのかなぁ…?」
「はっ!?」
 投げたブーケが原因で、国が滅びそうになった辺りでレスティーナの意識が戻ってきた。
「一夫多妻制度でなければ、世界が滅ぶ危険がありますね…」
「「………?」」
 前後の見えない、突然のレスティーナの台詞にネリーとシアーが心底不思議そうな顔をしていた。
「い、いえ。ユートが二人を娶ると言うのなら、婚姻制度を考える必要もあると言う事です」
 思わず取り繕ったレスティーナの言葉であったが、実はその言葉は二人にとっては至上の言葉であった。
「ほ、本当っ!?レスティーナ様っ!!」
「シアーたち、二人ともユート様と結婚できるんだ~♪」
「いや、あの…」
 目を輝かせて歓喜する二人に、「二人とも、お待ちなさい」と言う事がどうして出来ようか。
「有難う、レスティーナ様っ!!」
「シアーたち、頑張るね」
 既に敬語も忘れた二人は、レスティーナに礼を述べると元気良く部屋を出て行った。
 一人、部屋に残ったレスティーナは紙袋からヨフアルを取り出すとおもむろに囓り付いた。
「まぁ、いずれはスピリットも人間も一緒になるワケだし…。早めに前例を作っておいた方が良いよね?」
 茶を飲み、レスティーナは一息吐いた。
「ユート君、二人は本気だよ?覚悟しといてね~…」
 そして、更にヨフアルを囓って――
「あ…!!そう言えば、多妻制なら私にもまだチャンスってあるのかな?」
 そんな事をボヤいていた。